□行き止まり
————路地裏に着いた。
————路地裏に着いた。
「————————」
今、自分は花束を持っている。
ここで死んでしまった人たちへの手向けの花なのだろうか。
顔も知らず、彼らに対する思い出がない自分が花などを贈っても何の意味があるだろう。
どうしてそんな物を持ってきたのか、誰にその花を捧げるのか。
意味が解らず、自分の気持ちも判らないまま、静かに花を供えた。
今、自分は花束を持っている。
ここで死んでしまった人たちへの手向けの花なのだろうか。
顔も知らず、彼らに対する思い出がない自分が花などを贈っても何の意味があるだろう。
どうしてそんな物を持ってきたのか、誰にその花を捧げるのか。
意味が解らず、自分の気持ちも判らないまま、静かに花を供えた。
背後では、かつん、という足音。
「くだらない」
心底軽蔑するように、ヤツは吐き捨てた。
「くだらない」
心底軽蔑するように、ヤツは吐き捨てた。
「……おまえ」
振り返る。
振り返る。
【殺人鬼】
「我ながら女々しいな、おまえは」
初めからここにいたのか、殺人鬼は蜃気楼のように揺らいでいた。
「そのような花を手向けて何になる。自己に残留した影を祓うならば“外”で行うがいい」
「外で行え、か。それは———」
初めからここにいたのか、殺人鬼は蜃気楼のように揺らいでいた。
「そのような花を手向けて何になる。自己に残留した影を祓うならば“外”で行うがいい」
「外で行え、か。それは———」
「ほう、今は目が醒めているようだな。
ならばここでは死者の弔いは無意味だと解っていよう。ここは生者の夢場。おまえの見る夢、おまえが知る者の夢がカタチ作る世界だ。
主観はおまえではあるが、おまえが知る他人の器には“外”から他人本人の夢が混濁する。そしておまえ自身も他者が知り得た夢にすぎない。
故に、この夢場はかぎりなく現実に寄りそっている。……いや、ここまでの共通識ならば外と区別する必要もあるまい」
ならばここでは死者の弔いは無意味だと解っていよう。ここは生者の夢場。おまえの見る夢、おまえが知る者の夢がカタチ作る世界だ。
主観はおまえではあるが、おまえが知る他人の器には“外”から他人本人の夢が混濁する。そしておまえ自身も他者が知り得た夢にすぎない。
故に、この夢場はかぎりなく現実に寄りそっている。……いや、ここまでの共通識ならば外と区別する必要もあるまい」
……殺気というものがまるでない。
ここではヤツは存在できないのか、ゆらゆらと揺らいでいる。
ここにいるのは、ただ———俺が気付いていながら忘れている事実を語る、自己の投影に他ならない。
ここではヤツは存在できないのか、ゆらゆらと揺らいでいる。
ここにいるのは、ただ———俺が気付いていながら忘れている事実を語る、自己の投影に他ならない。
「……あの白い吸血鬼。おまえがアレを自らの世界に登場させるように、アレもおまえを自らの夢に登場させる。
互いを知り得る者たちの境界条件が混濁している場合、夢というものは双方に干渉し矛盾を修正する。
おまえのように外を狭く使っている者は、稀にこのような場を形成する。……ある意味黄金比だ。一個人の認識が許容できる識は広すぎても狭すぎてもいけない。この程度の広がりが、第二現実を作るには適しているという事だ」
互いを知り得る者たちの境界条件が混濁している場合、夢というものは双方に干渉し矛盾を修正する。
おまえのように外を狭く使っている者は、稀にこのような場を形成する。……ある意味黄金比だ。一個人の認識が許容できる識は広すぎても狭すぎてもいけない。この程度の広がりが、第二現実を作るには適しているという事だ」
「………………」
そうか。その説が確かなら、確かに———
そうか。その説が確かなら、確かに———
「そう、この世界には死者は存在しない。
夢というものは生者が見る共通無意識だ。故に、すでに死亡したものはこの場に参加する事ができない。
たとえおまえ自身が強く記録し、その復活を望んだ人間がいたとしてもだ。
些細な役回り……そうだな、通行人Aという役割を用意したとしても、死者はこの劇場に入れない。役割があっても役者がいないという事だ」
夢というものは生者が見る共通無意識だ。故に、すでに死亡したものはこの場に参加する事ができない。
たとえおまえ自身が強く記録し、その復活を望んだ人間がいたとしてもだ。
些細な役回り……そうだな、通行人Aという役割を用意したとしても、死者はこの劇場に入れない。役割があっても役者がいないという事だ」
だから———この花を、せめてもの手向けにしたのか。
ここでは思い出せない。
もう喪われてしまった、一つの約束と一人のクラスメイトの為に。
ここでは思い出せない。
もう喪われてしまった、一つの約束と一人のクラスメイトの為に。
「そうか。けど、それだと一つだけ矛盾がある」
「ほう」
「ここで。さっきからえらく饒舌な、とうに死んでいる筈のおまえは何だ」
「俺は外からきたモノではないのでな。ここではある条件下にあるモノだけは、死者であろうとカタチを得る」
外からきたモノではない影。
内より生じ、外に現実を持たないモノ。
それはつまり————
「ほう」
「ここで。さっきからえらく饒舌な、とうに死んでいる筈のおまえは何だ」
「俺は外からきたモノではないのでな。ここではある条件下にあるモノだけは、死者であろうとカタチを得る」
外からきたモノではない影。
内より生じ、外に現実を持たないモノ。
それはつまり————
「悪い夢、か」
「場に訪れる全ての役者がそれを抱く。俺も、あの白い吸血鬼が見る朱い月も、神父が見るかつての自分も、全ては自らの投影だ。だが影であるが故に本人に寄り添って存在するしかない」
「場に訪れる全ての役者がそれを抱く。俺も、あの白い吸血鬼が見る朱い月も、神父が見るかつての自分も、全ては自らの投影だ。だが影であるが故に本人に寄り添って存在するしかない」
「———だが俺は違う。おまえが特別なのかは知れぬが、おまえが屈すれば入れ替わる事になろう。
元より俺はおまえの怖れが作り上げた擬似人格だが、機会があるというのならば逃す気はない。完膚なきまでにおまえを殺して俺が————」
元より俺はおまえの怖れが作り上げた擬似人格だが、機会があるというのならば逃す気はない。完膚なきまでにおまえを殺して俺が————」
□行き止まり
路地裏についた。
夜は陰気なこの場所も、昼間はどことなく清々しい雰囲気がある。
「———————って、なんかヘン」
さっきまで誰かと話してなかったか、自分?
「おい、ちょっと————」
誰かいないか、と振り向いてびっくりした。
路地裏についた。
夜は陰気なこの場所も、昼間はどことなく清々しい雰囲気がある。
「———————って、なんかヘン」
さっきまで誰かと話してなかったか、自分?
「おい、ちょっと————」
誰かいないか、と振り向いてびっくりした。
【レン】
「……………………………」
「あれ、君は———」
「あれ、君は———」
ずきり、とこめかみに頭痛が走る。
□行き止まり
【レン】
「この前の子だよね。……ごめん、顔を合わせればちゃんと思い出せるんだけど、なんか最近忘れっぽくて」
「……………………………」
女の子は相変わらず無口だ。
ただ、その大きな目でじっとこちらを見つめてくるだけ。
【レン】
「この前の子だよね。……ごめん、顔を合わせればちゃんと思い出せるんだけど、なんか最近忘れっぽくて」
「……………………………」
女の子は相変わらず無口だ。
ただ、その大きな目でじっとこちらを見つめてくるだけ。
「あ、そうだ。あのさ、さっきまでここに誰かいなかった? ……えっと、たぶん俺と同い年ぐらいのヤツだと思うんだけど」
【レン】
【レン】
【レン】
女の子は首を振って否定する。
「そっか、知らないか。……そうだよな、多分俺の気のせいだろう。ごめんね、ヘンなコト訊いちゃって」
【レン】
……ありゃ。
何か悪いコトでも言ってしまったのか、女の子は急に落ちこんでしまった。
何か悪いコトでも言ってしまったのか、女の子は急に落ちこんでしまった。
「……………………………」
女の子はじっとうつむいている。
……理由は解らないけど、この子に悲しげな顔をされるとこっちが辛い。
「ん? 元気がないけど、なにかあった?」
女の子はじっとうつむいている。
……理由は解らないけど、この子に悲しげな顔をされるとこっちが辛い。
「ん? 元気がないけど、なにかあった?」
【レン】
「……………………………」
女の子は顔をあげると、つい、と俺の服をひっぱった。
「ちょっ、ちょっと、服が伸びるってば」
【レン】
「……なに、ここに居ちゃダメってコト?」
【レン】
「分かった、分かったから服を引っ張るのはそこまで!」
女の子はゆっくりと服から手を離す。
「それじゃあ外に出るけど、君はどうするんだ? もしかして、また迷子?」
【レン】
「——————————」
「あ——ちょっと!」
制止の声も届かず、女の子は大通りへと走っていってしまった。
「……いっちゃった。ほんと、猫みたいな子だな」
一人でぼやきつつ、こっちも大通りへ向かう。
「あ」
と。そういえば、あの子に会うたびにやらなくちゃいけない事があったのだ。
「———くそ、また名前聞き逃した」
……まったく。こんなんじゃあの子と話をするなんて夢のまた夢ってものだ。
制止の声も届かず、女の子は大通りへと走っていってしまった。
「……いっちゃった。ほんと、猫みたいな子だな」
一人でぼやきつつ、こっちも大通りへ向かう。
「あ」
と。そういえば、あの子に会うたびにやらなくちゃいけない事があったのだ。
「———くそ、また名前聞き逃した」
……まったく。こんなんじゃあの子と話をするなんて夢のまた夢ってものだ。