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歌月十夜214

时间: 2019-11-29    进入日语论坛
核心提示:*s305□志貴の部屋 そうして部屋に戻ってきた。夕食は済ませたしお茶会で秋葉たちと顔を合わせたし風呂に入って汗も流した。こ
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*s305

□志貴の部屋
 そうして部屋に戻ってきた。
夕食は済ませたしお茶会で秋葉たちと顔を合わせたし風呂に入って汗も流した。
これといって大事もなかったし、今日も平穏一日だったと思う。
「さて、寝よっか」
ベッドにもぐりこんでメガネを外す。
あとは瞳を閉じればおしまいだ。
今日という一日はキレイになくなって、また新しい一日がまったくのゼロから始まる———
 
 夢ですら悪夢を見るのか、
 
         夢だからこそ悪夢を視るのか。
 
 その人間が最も恐れる罪の具現が悪夢なのだと悪夢は語った。
それではまるで悪魔博士だ。
自らが呼び出した悪魔に殺されているようでは、手の込んだ自殺をしたのとなんら変わりはないじゃないか。
 
—————そうして、夜な夜なエモノを探す。
 
 手にはナイフ。
携帯でき無音。
慣れれば比較的容易く人体を解体できるという点で、このエモノは俺に最も適していた。
尤もコレ以外に扱えるエモノなど俺は知らない。
殺生ならば他にもっと簡単なエモノがあるのだろうが、俺はそんな物を扱おうとは思えない。
もともと俺はそういう風に生み出された。
 
 俺は殺人鬼として想像された。
ならばそれ以外の存在方法など知らない。
だというのに、なんという矛盾だろう。
この殺人鬼は、遠野志貴以外の人間をエモノにはできないのだから。
 
 俺は、俺しか殺せない。
ヤツの悪夢とはそれだ。
自分は殺人鬼に成り下がっていたかもしれない、という不安と安堵。
もう峠は越えたと自覚しているくせにその不安を忘れきれない暗部。
かつて殺人鬼になりかけた自分なら、なにかの弾みで今の自分を無くしてしまうのではないかという怖れ。
 それが俺だ。
だからこそ、この殺人鬼は自分しか殺せない。

遠野志貴にとって忌むべきなのは人を殺して回る異常者の存在ではない。
ヤツが怖れるのは自己を殺してしまう殺人鬼という俺なのだ。
だから殺した。
何度も何度も殺した。
時には自分自身さえ殺されてやった。
ヤツが望む悪夢が自決ならば、それをカタチにすればヤツ本人は消え去るだろうと信じて。

「———————だというのに」
だというのにヤツは消えない。
殺人鬼という悪夢に食われても食われても蘇生してくる。
「———————その理由は一つだけだ」
おそらく、ヤツには協力者がいる。
この俺がこうして存在していられるように、殺人鬼に殺されたヤツを蘇らせている何者かが存在するのだ。
 
□公園前の街路
「——————————」
だから、まずそいつを先に殺さなければ。
殺人鬼は自分しか殺さない、という規則を破ることになるが構うものか。
もともと俺が俺に成ろうとしている時点で原則が狂っている。
この世界も限界だ。
あの“黒い気配”に埋め尽くされる前に目覚めなければ俺は俺と共倒れする。
【レン】
「————————見つけた」
見つけた。
アレが俺の協力者だ。
 遠野志貴を蘇らせている力。
七夜志貴を蘇らせている力。
————アレが、俺たちの協力者。
それさえ消してしまえば、あとはまっとうな消去法が適用できる。
 
—————夢を殺し、俺を殺す。
 目覚めるのがどちらかは知らない。
だがさしたる問題などあるまい。
どちらが生き残るにせよ、目を醒ますのは志貴という人間に違いないのだから。
 
【レン】
エモノは逃げなかった。
逃げるコトさえ考えつかなかったようだ。

それは殺されたあと、
不思議そうに首をかしげて地面に倒れた。
 味気ないといえば、実に味気ない殺しだった。
 
————刹那。
あの子の、世界を引き裂く悲鳴が聞こえた。
 
□志貴の部屋
「—————!」
眠っていた意識が一瞬で覚醒した。
ベッドから跳ね起き、机の上のメガネとナイフをかき集めて部屋を飛び出す。

□屋敷の前の道
 走る。
ナイフをすでに抜き身にして片手に握っている。
この静止した夜、いつヤツと出くわして殺し合いになってもいいようにだ。

□坂
 意識はとっくに覚醒している。
そう、完全に覚醒している。
例えば今まで思い出せなかった昨日のコトも思い出せるし、今まで体験していながら経験に出来なかった幾つかの真実も思い出せる。

太陽に魔力があるのか、それとも月光に魔力があるのか。
この時間、夢の中で夢を見ようとするこの時間だけは頭の中から靄が消えてくれる。
裏の裏は表というコトか。
いや、今はそんな皮肉なんてどうでもいい。
世界のカラクリなんて後回しだ。
そんなコトより、今は—————

□公園前の街路
 見覚えのある影絵の街を駆ける。
だが今日だけは目的地が異なっている。
俺はヤツ————殺人鬼と対峙するために駆けているんじゃない。
そんな理由で、俺の足はこんなにも速く動かない。
 
□公園の噴水前
駆ける。
地面には血の斑。
引き裂かれた黒いコート。
視界の先には、今にも現実に成ろうとしている悪夢の具現が————

【レン】
□公園
見慣れた公園。
無人の筈のそこに、ヤツと、ヤツに組み伏されて倒れているあの子の姿があった。
あの子はいつもの調子でヤツを見上げていて、抵抗というものをまるでしていないようだ。
ヤツはいささか物足りない顔つきでナイフを構え、あの子の首元をかっ捌こうとしている。
———その先のことは知っている。
だから、ためらうことなくヤツに襲いかかった。
 
「止めろ————————!」
 
 踏み込み、威嚇なしでナイフを振るった。
「————————————」
ヤツは咄嗟にナイフをかわす。
結果として、ヤツはあの子の命より自身の命をとった。
俺が踏みこんだ瞬間、あの子の首へと落としていたナイフを止めて後方に跳び退いたからだ。
——————惚れ惚れするぐらいの冷静さ。
 だが、今はそれが何よりも頭にきた。

「てめえ、は————————!」
ぶちっ、と脚の筋が切れる音。
それを承知で、思いっきり無理な体勢のまま、ヤツのどてっ腹に蹴りを叩きこんでやった。
もう、技の美しさも効力も無視した問答無用のやくざキック———!

「なっ……………!」
これまた信じられないことにヤツはそれをまともに食らった。
……まあ、その気持ちは解らないでもない。
こんな蹴りを食らわした所でこっちには何の利点だってありえないんだ。
こんな攻撃をしてもダメージを受けるのは無理な蹴りをしたこっちの体で、この後に続く殺し合いを考えると明らかに今の行動は不利である。
脚の筋をおかしくした遠野志貴は、卓越した殺人鬼である七夜志貴にますます敵わない。

それでも、ヤツに一撃食らわせてやらなくちゃ気がすまなかった。
そんな感情論がヤツの思惑を凌駕したのか、結果として、ヤツは目を瞑ってもかわせる棒蹴りをまともに食らってよろけていた。
□公園
「立って————!」
夢中になって女の子の手を取る。
ヤツは———まだ、俺に蹴られた腹を押さえている。
女の子は倒れたままだ。
さっきまで殺されかかっていたというのに、まだいつもの調子で俺を見上げている。
……というか、やってきた俺と腹を押さえているアイツを不思議そうに見比べている。

「ああもう、なにやってるんだ! 逃げるの! アイツは俺じゃないんだってば!」
「………………………………?」
「———くそ、文句は後で言ってくれ……!」
女の子の手を引いて、強引に抱き寄せる。
そのまま彼女の足を掬い上げて、目の前で抱きかかえた。
「………………………………!?」
「いいから大人しくしてろ! 今はアイツから離れる方が先決だ!」

□公園の噴水前
 そうして走り出した。
……正直、この子を抱えたままでアイツから逃げられるとは思っていない。
それでもなんとか距離をとってアイツとこの子を引き離したかった。
そうすればこの子は一人で逃げられる。
遠野志貴はアイツに殺されるかもしれないけど、その隙に安全な所まで逃げてくれるだろうから———
 
□行き止まり
で。
公園の噴水を目指して走ったら、わずか十歩でこんな場所に出ていたりする。
「—————————え?」
あまりの出来事に、あたまのなかが豆腐になった感じ。
女の子を抱えていたことも忘れて、ぽかんと周囲を見渡した。

【レン】
こっちがつい手の力を抜いたのか、それとも自分から降りたのか、女の子は地面に足をつくと少しだけ離れてこちらを見つめてくる。
……まあ。
今更こんな事を訊いても仕方がないとは思うんだけど、やっぱりはっきりさせておかないと気持ちが悪い。
「————あの、もしかして」
「………………………………」
「ここにトンできたのって、君の仕業?」
【レン】
【レン】
【レン】
「………………………………」
こくん、とうなずく。

「———————————はあ」
思わず空を仰いで深呼吸をしてしまった。
公園から路地裏までのショートカット。
そんな都合のいいコトが出来るってコトは、この子は間違いなく彼女だ。
もう今まで何度も出会っていたクセに、この瞬間まで気が付かなかったなんてホントに間が抜けている。
「どうして気付かなかったのかな。考えてみればすぐに解るはずだし、それに———君とは、ずっと前に会ってただろ。……あ、いや、実際こうして会ったわけじゃないけど、夢の中で」
【レン】
「………………………………」
……なんかヘンな言いまわしだ。
夢の中って言えば今だって夢の中なのに、これじゃあなんだか、今はれっきとした現実みたいじゃないか。

「けどこれではっきりした。俺がこんな夢を見ているのは君の仕業なんだろ?……で、どうしてそんなコトをしてるのかな」
【レン】
「………………………………」
「違う違う、別に怒ってる訳じゃないんだ。今まで楽しかったし、逆に感謝してるよ。ただ理由が解らないのは居心地が悪いだろ? だからどうしてこんな事をしているのか、どうやったら目が醒めるのか教えてほしいんだけど……」
【レン】
「………………………………」

……む。女の子は困ったように地面を見る。
もともと無口な子だけど、こればっかりは言わないのではなく言えない、といった風に。

「……秘密なわけか。あ、もしかしてアルクェイドのヤツが何か言ったのか!?」
っていうか、それだ。
アイツのコトだから、なんかトンデモナクどうでもいい理由でこの子を使役したに違いない。
たとえば、アイツが軽い気持ちで俺の頭を叩いたらものすごい大怪我になっちゃって、それを誤魔化すためにこうゆう夢を見せているとか。

「————う。なんか十分有り得るぞ、それ」
うわあ、謎は全て解けたって感じだな。
【レン】
【レン】
【レン】

「え? 違う、そうじゃない?」
「………………………………」
まっすぐに俺の目を見ながら女の子は頷いた。
「それじゃあ一体どうし————」
て、と言おうとした矢先。

□行き止まり
 かつん、と。
遠くで、誰かの足音がした。

「アイツ———————」
……そうか。そんなに今夜中にハッキリさせたいっていうんなら構わない。
こっちだっていい加減、何かの弾みで殺されるのはまっぴらだ。
「……まったくボけてるな。今は問いただすより先に済まさなくちゃいけない事があった」
ポケットの中のナイフを確かめる。
オーケー、ナイフの硬さはいつも通りで、握り締めるだけで呼吸は落ちついてくれた。
……左足はまだ痺れている。痛みは耐えられるが、これでは反応が遅れるだろう。

「——————————」
夜ごと繰り返されたアイツとの殺し合い。
七夜という名前をもった、アイツの獣じみた動きを思い出す。
「はあ。ただでさえ戦力差があるっていうのに」
それを嘆いても始まらない。
時間はあとわずか。
アイツの事だ、迷いもなくこの路地裏へやってくるだろう。
こんな狭い、四方が壁だらけの場所では圧倒的にアイツが有利だ。

勝機があるとしたらまっ平らな場所で戦うこと。
それと、あと一つ。
俺にあってアイツにない何かを用意しなくてはならない。
俺にはアイツのような、クモめいた立体的な歩法はない。
だからこっちも、せめて一つぐらいはアイツにはない何かを切り札にしなければ太刀打ちできまい。

「—————————チ」
けれどそんな都合のいい考えなんて浮かばない。
自分のあまりの不利さ加減を痛感して歯を軋ませる。
—————と。

【レン】
「………………………………」
俺があんまりにも情けない顔をしていたもんだから、彼女にも悲しい顔をさせてしまった。

「あ———いや、心配するコトはないよ。君はここに隠れてればいい。アイツが外に来たら俺が出る。なんとかアイツをここから引き離すから、その間に安全なところに行っていてくれ。……そうだな、いくらアイツでもアルクェイドには敵わないだろうし、秋葉の前には顔を合わせたくないだろう。アルクェイドのマンションか屋敷に逃げこめば安全だよ」
「………………………………」

無言。
うなずきもせず、ただ心配そうな視線を向けてくる。

「……もしかして、心配してるのは俺のコト?」
「………………………………」
かすかな頷き。
「大丈夫だよ。こう見えてもこういうのには慣れてる。きりのいい所で俺も逃げ出すから、こっちの心配なんかしなくていい」
【レン】
【レン】
【レン】

……女の子は悲しそうに首をふる。
それはまるで、俺の死を予感しているような、そんな否定だった。
外には出るな。
出たら、今度こそ死んでしまう、といった風な。
「……まあ。それでもここに隠れてるワケにはいかないだろ」
【レン】
「………………………………」
どうして? という眼差し。
死ぬのが恐くないのかと問われているようで、ついこちらも頷いてしまった。

「うん、恐い。何回もやられてるからってね、殺されるのなんて慣れる筈がない。正直言うと、早く目が覚めないかなって期待してる」
【レン】
「………………………………」
ならどうして?と、もう一度瞳で問われた。
 ……まあ、それはなんていうか。
「それでもさ、男の子にはやせ我慢をしなくちゃいけない時ってのがあるんだ。例えば、自分より弱い女の子が側にいる時とか」
馬鹿なこと言ってるなあ、とか思いつつも、それが偽りない本心なんだろう、と納得したりする。

そうして表通りには、少しずつアイツの気配が近づいてきていた。
「それじゃここで一旦別れよう。俺が出ていって、しばらくしたら外に出るんだぞ」
「………………………………」
彼女はまだ納得がいっていないようだ。
「———もう。心配性なんだな、君は」
呆れて言って、ぽん、と彼女の頭に手の平を置いた。
 
「けどありがとう。そうやって引き留めてもらえるのは純粋に嬉しいよ」
「………………………………」
彼女の瞳は変わらない。
ただ不思議そうに———本当に不思議そうに、自らの頭に置かれた手を見つめている。
「だから、やっぱり俺がアイツを引き受けないとね。アイツは俺の悪夢なんだろ? その悪夢が君を殺そうとしているんだから、これ以上は放っておけない」
アレが俺の悪夢だと言うのなら、自分自身の手で決着をつけなくてはいけないのだ。

「恐い思いをさせてごめん。アイツとカタがついたらまた。……あ、けどその時が昼間だったら覚えてないのかな」
うーん、それは問題だ。
この後、なんとかしてアイツに打ち勝っても明日になればそれさえも忘れてしまうかもしれないし。

「————しょうがないか。続きはまた、夜に散歩したくなった時にしよう」
ぽんぽん、と女の子の頭を撫でる。
「………………………………」
あ、という小さな呟き。
ほんの一瞬、ぽん、と頭を撫でるために手の平が離れた時、彼女はすごく物欲しそうな目をした。
「ん?」
それも一瞬。
手の平が彼女の頭に触れていると、途端にまた不思議そうな目に戻る。

「………………………………」
じっと、身動きしないで俺の腕を見つめる女の子。
「————————————」
……なんか、手が離しづらくなってしまった。
この手を離した途端、またさっきの目をされるかと思うと別れ辛くなってしまう。
「………………………………」
不満なのか、不満でないのか。
嬉しいとも嬉しくないとも言わず、ただぼんやりと、いつまでもこうしていたいような彼女の瞳。

けれどそうもいかない。
アイツの気配は、もう余裕のない所まで近づいてきていた。

□行き止まり
「———それじゃ行くよ。夜になったらまた」
「………………………………」
ゆっくりと手を離して、大通りへと踵を返す。
ナイフを強く握って外へ向かう。
その途中。
【レン】
 泣きそうな顔で佇むあの子の姿が瞳に映った。
 
 ……外は一転して闇だった。
街を照らす月光からして違っている。
空気は息苦しいほど張り詰め、これほど明るい月夜だというのに生き物の気配がまるでない。
……これではいつもと反対だ。
何度も惨劇の舞台となった路地裏だけが温かで、街はことごとくが凍結してしまっている。
それも、全ては
 
「—————そこにいたのか、遠野」
 この男が原因だった。
「……ふん。随分と口が達者になったんだな、おまえ」
「これだけ時間が経てば自我も起きる。加えて終わりが近いとあれば、生まれたばかりの雛でも飛び立とうと必死になろう」
アイツ———遠野志貴が見る悪夢は口元を歪ませて言った。
「……そうかよ。自分の鏡像ってのがおまえかと思うと昔の自分に申し訳なくなってくるな。少なくとも、俺が覚えている七夜志貴はおまえほど人でなしじゃない」
「ほう? なるほど、さすがは俺の素だ。人でなしとは、また上手い言いまわしだな」

アイツ———七夜がナイフを取り出す。

冴える月下。
伸びる影は長く、ナイフの照り返しは肌に突き刺さるように鋭利。
「———————ハ」
嫌悪を息にして吐き出した。
まったく、何もかもいつもの殺し合いと同じでうんざりする。

「で、今夜もまたやりあおうってワケか。いっとくけどな、おまえがいくら俺に勝った所で変わらないぞ。俺が殺されるってコトはこの夢が終わるってコトだ。なら、その瞬間にこの街もおまえも消え去る。
おまえは、意味のない殺し合いをしているだけだ」
「……そうかな。話がそれで済むのなら俺がここまで歪曲する事もなかった。七夜という悪夢が遠野志貴を殺しても世界は醒めない。だからこそ、俺はおまえと入れ替わるしか消え去る方法がない」
「———解らないな。どうして俺と入れ替わろうとするんだおまえ。せっかく七夜志貴として存在できたのなら、無理に遠野志貴に成る必要はないだろう」

「ふざけるな、愚痴を言いたいのは俺の方だ。俺は殺人鬼、おまえの見る悪夢として存在する。いいか、俺は悪夢として存在できるのならそれに越した事はない。
だというのにこのような自我を起こしてしまい、あまつさえこの世界は終わろうとしている。悪夢として存在する事もできず、俺が唯一存在できうるこの場所さえ消えようとしているのだ。
———どうだ、行き詰まった俺がおまえに成り代わろうとするのも、あの小娘を殺そうとするのも必然だとは思わないか」

「……またそれか。おまえは会うたびに世界がどうだの言うけど、それは一体どういう事だ。単にこの街が消えかけているっていうんなら、それは俺が夢から醒めようとしているってコトじゃないのかよ」
「———夢というものは消えない。夢を形成するモノが生きているかぎり、変化はすれ消える事などありえない。
だというのにこの世界は末端から崩壊していっている。……所詮観測者であるおまえには解らないだろうが、悪夢である俺には感覚として理解できる。
———そう。間違いなく、この世界はじき崩壊する」

七夜の姿勢が低くなる。
……殺気が、首筋に押しつけられる。

「待て、それは———」
「夢が崩れる理由などただ一つだろう。夢というものは、見ている本人が死ねば消滅する」
「ちょっと待て! それって、まさか————」
「そうだ。“外”の遠野志貴はじき息絶える。そうでなくては、この崩壊に理由が付かん————!」
 
「っ—————!」
一足で間合いを詰め、ナイフを振るってくる七夜。
それを咄嗟にナイフで弾き、瞬時に退路を視界に収めた。

「この———なら、なんで執拗に俺を狙うんだ、おまえは! そんなことをしても意味ないって解ってるんじゃないのかっ……!」
「どこまでも身勝手な男だな、おまえ———! 俺を殺人鬼として生み出しておいて、殺すべき対象はおまえだけだと!? そのような半端な事などしていられるものか……!」
 
 さらに一撃。
七夜はナイフに感情を乗せるように一撃を見舞ってくる。
以前の、相手の死角だけを狙うヤツとはまるで別人だ。

「なんだ、ようするにアレか、あれだけカッコウつけておいて、結局は————」
「そうだ、俺はおまえが気に食わないだけだ……! 悪夢を形に成せるというのなら、もう少し大層な悪夢を見ろこの甲斐性なしめ……! まったく、自分を殺す為だけの自分などと、そのような役割が何度も続けられると思うかたわけが……!」
 
「っ—————!」
受けに回った腕が痺れる。
じくりと、左足がわずかに沈んだ。

「っ—————ふざけんな、何度も何度も生首にされる俺の身にもなってみろってんだ、てめえ!」
「己の未熟さを棚にあげるな! あのような子供騙しに何度も踊らされおって、それでも貴様俺の末か! ええい、やはり世界がなくなる前に完全に殺しておかねば気がすまん……!」
 
「あ、くっ……!」
三撃目。
あまりの衝撃にメガネがズレ、左足はさらに沈みこんだ。

「っ……こ、の————メガネが取れるだろ、メガネが!」
こいつ、以前の技巧とは正反対に力任せに打ちつけてくると思ったら、狙いはそれか。
さっきの公園での一件で左足を傷めた俺は全力で走る事ができない。
それを見越した上で、七夜は足を止めての力勝負に出てきている。
これならあと四合も打ち合えば、こっちの左足は完全に使い物にならなくなるだろう。

「———————」
だがそれはまずい。
少なくともここで仕留められる訳にはいかない。
路地裏にはまだあの子がいる。
だから今は、たとえ足を犠牲にしてでもここから離れなければいけない————
 
「——————」
打ちつけられる四撃目。
それを弾く事は容易い。だがそれでは五合目を迎えるだけになる。
「こ————のっ……!」
紙一重。
顔面に突きつけられるナイフを、片目ぐらいもっていかれる覚悟でやりすごした。
 
        からん、と。
メガネがアスファルトに落ちる音。

□街路
「はっ———あ…………!」
冷や汗で視界が滲む。
だがやった。一歩間違えれば確実に脳髄に突き刺さっていたナイフを紙一重でやりすごした。

「———————は、あ……!」
その一撃に力がこもっていればいるほど、空振りした時の隙は大きい。
その隙をついて走り出す。
とにかく、今は無策でも走らなければならなかった。
せめて、あの子が逃げだせるぐらい遠くまで走らなければ———�
 
□街路
「な……」
だが、足が止まった。
どろりと足場が融ける。
厭な気配。黒い何かが蜃気楼にのように揺らいでいる。

「余所見を————!」
背後で七夜の罵倒が聞こえる。
「待て、それどころじゃ————」
振り向いてナイフを弾く。
きぃん、という音も今では灰色。

「そうか、これが———」
七夜の言っていた世界の崩壊だ。
俺は今までこれが世界の果てだと思っていた。
しかし、なるほど。
冷静になって見てみれば、これは確かに何者かによってこの一帯が殺されていくように見える。
「———————え?」
目の錯覚。
目の錯覚だと信じたかった。
この、影絵の街に、どうして、アレが。
 
—————————その男は。
 
  記憶の底の姿のまま、死の中心に立っていた。
 
「———————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————————うそだ」
 そうとしか、言えなかった。

「——貴様、なにを見ている……?」
よほど俺の顔は蒼白だったのか。
七夜は俺を仕留めるコトさえ忘れて、俺が見つめている先へ視線を送った。
「……呆けたか。あちらに何があるという」
「————————————」
見えていない。
コイツにはアレが見えていない。
……いや、そればかりか今も腐食していっている地面にさえ気が付いていない。

「——————————メガネ」
ああ、なんてコトだろう。
この、もう取り返しがつかない場面でようやく思い起こした。
俺とヤツの相違点。
遠野志貴にあって七夜志貴にないもの。
それは。
七夜志貴にはまだ、死を視るという特別な眼が存在していないというコト。
 
 そうして。
アレが、ゆらりと揺らいだ。
「————跳べ!」

咄嗟に、もう足が千切れるぐらいの力で跳んだ。
距離にしてざっと十メートルほど。
自分でも常軌を逸していると思ったが、きっと夢の中だから五割ぐらい増しで跳んだのだ。
 そう、こんなコト。
悪夢だと思う以外どうしろという。
 
 ヤツは間に合わなかった。
見えていなかった分、こちらより僅かに遅れた為だろう。
飛び散る紅い血。

かつての遠野志貴のように、
生首になって忘我する七夜志貴。

がたがた。がたがた。
歯と歯がうまく噛み合わず、背筋はバラバラになってしまいそうなぐらい震えている。
————なんていう、悪いユメ。
 突風をともなって出現したソレは、呆気なく七夜を殺していた。

がたがた。がたがた。
「———————————————は。はは、は」
笑った。
笑うしかなかった。
いったい他に何が出来る。

がたがた。がたがた。がたがた。
 瞬きの間だった。
まるで台風だ。
ソレは有無を言わせぬ強引さで飛び込んできて、その瞬間に七夜の首を引き千切っていた。
それも片腕。首は引き千切られたというのに断面はまっ平ら。そんな切断面、普通あり得るはずがない。
———ハッ。やめてくれよ、デタラメすぎる。
 いくら視えなかったとはいえ、仮にも七夜志貴が、反応さえできずにあの始末だってのか。

がたがた。がたがた。がたがた。
「おまえ、は——————————」
 がたがた。がたがた。がたがた。
「なん、で———————————」
 がたがた。がたがた。がたがたがたがた………!

……ああ、みっともない。
震えは止まらず、ヤツをまともに見る事さえできない。
あの独眼。遥か昔に見かけただけの真紅しか見返せない。
 
 簡単に潰れた。
トマトを鷲掴みにするような感じで、映像的にもまるっきり同じだったと思う。
————ああ、死んだな。
 間違いない。
いくらここが夢の中でアイツが悪夢だったとしても、アレは死んだ。
蘇る事なんてとんでもない。目の前に立つのは世界を殺してまわっているような怪物だ。俺の悪夢にすぎなかったアイツが、その手にかかって消滅しない筈がない。
 
「——————」
気が付けばもう腰まで沈んでいた。
いつもの終わりだ。
このまま世界の崩壊に巻き込まれて一日が終わる。
……それがどれだけ幸運だったのか、今にしてようやく分かった。
この腐食に巻きこまれて消えるのなんて生易しい。それならまだ明日の朝には元通りになれるレベルだ。
だが———ヤツの手にかかっていたら、俺も七夜と同じく消えてしまっていただろう。

———だが、今回ばかりはそうはいかない。
 七夜を潰したソレは、緩慢な足取りで、沈んでいく俺へと近づいてくる。
死神の鎌めいた腕を伸ばして、俺の頭を掴みに来る。
 
「……………………!」
その前に、黒い壁が立ち塞がってくれた。
沈んでいく俺を守るように立ち塞がった壁の正体は、黒いコートを着た女の子だ。
 ソレに容赦などない。
ソレはあの子の体を掴み、たやすく、無残なまでに握りつぶした。

——————世界を引き裂く悲鳴が響く。
 黒いコートがひらひらと舞い落ちる。
血も内臓も零れない。
黒いコートが落ちた後、そこから飛び出したのは一匹の黒猫だった。

「———————」
走り去って行く黒猫。
怪物の姿も消えている。
後には誰の姿もなく、あるものといえば崩れていく世界だけだ。
 
 ……急速な眠気。
 かろうじて一命を取りとめたという安堵が、よけいに眠気を強くする。
体ばかりか頭まで沈んでいく。

そうして闇に呑まれて、今更ながら、
「……そっか。やっぱりあの子、猫だったんだ」
 なんて、愚鈍なことを呟いた。
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