*s307
□中庭
白く融けてしまいそうなぐらい、中庭には光が溢れていた。
穏やかで輝かしい朝の風景。
「ん〜〜〜〜!」
思いっきり背伸びをして、新鮮な空気を吸いこんだ。
もうこの世界には何処にも影がない。
悪夢も死の気配も消えた平和な日々。
それこそ完璧な、誰かが見た夢のような、終わらない幸福な時間。
白く融けてしまいそうなぐらい、中庭には光が溢れていた。
穏やかで輝かしい朝の風景。
「ん〜〜〜〜!」
思いっきり背伸びをして、新鮮な空気を吸いこんだ。
もうこの世界には何処にも影がない。
悪夢も死の気配も消えた平和な日々。
それこそ完璧な、誰かが見た夢のような、終わらない幸福な時間。
「———————けど」
はたして、自分はここまで平穏な夢を見続けることができるだろうか?
だって、これは日常だ。
夢というものはもっと都合のいいもので、もし自分が夢を見るとしたら、もっと突拍子のない展開の連続になると思う。
……こんな、いくら平穏でも、日常となんら変わりの無い夢なんて、大事に思えるほどのユメじゃない。
「————————やあ」
背後に気配を感じて振り向いた。
———白く消えてしまいそうな朝の陽射しの下。
黒いコートの女の子が、ちょこんと行儀よく佇んでいる。
黒いコートの女の子が、ちょこんと行儀よく佇んでいる。
【レン】
「…………………………」
「おはよう。ここに来れば会えると思った」
「…………………………」
女の子は答えず、遠い瞳でこちらを眺めている。
……やっぱりまだ元気がない。
死の具現は消えたというのに、あんな応急処置では彼女を助ける事などできないとでも言うように。
「おはよう。ここに来れば会えると思った」
「…………………………」
女の子は答えず、遠い瞳でこちらを眺めている。
……やっぱりまだ元気がない。
死の具現は消えたというのに、あんな応急処置では彼女を助ける事などできないとでも言うように。
「そうだな、まだるっこしいコトはなしにしよう。とりあえず一人で話をするけど、いいかな」
「…………………………」
女の子はどこか不安そうに頷いた。
「…………………………」
女の子はどこか不安そうに頷いた。
「ありがとう。それじゃあ単刀直入に言うけど、これって夢の中の話なんだろ? 同じ一日を繰り返していたのも、昨日のコトを忘れているように思っていたのも、実はなんという事はない、ここで起きえる事をすべて内包した箱庭なんだ。
だから一日、なんていう概念もなくていい。すべては起こり得る事なんだから、あらかじめ体験していてもいいし、まだ体験していなくてもいい。
それでも朝と夜っていう境界を引いたのは、やっぱり出来るだけ忠実にしたかったんだろうね」
だから一日、なんていう概念もなくていい。すべては起こり得る事なんだから、あらかじめ体験していてもいいし、まだ体験していなくてもいい。
それでも朝と夜っていう境界を引いたのは、やっぱり出来るだけ忠実にしたかったんだろうね」
【レン】
「…………………………」
「違うってば、怒ってるわけじゃないって。逆に感謝してるんだ。ここでの時間はすごく楽しかった。きっと、他の人たちもそう思ってるんじゃないかな。いつも目が醒めた後、ああ今日の夢も楽しかった……って喜んでるよ。その点でいうと、君はすごく立派な夢魔なのかもしれない」
「違うってば、怒ってるわけじゃないって。逆に感謝してるんだ。ここでの時間はすごく楽しかった。きっと、他の人たちもそう思ってるんじゃないかな。いつも目が醒めた後、ああ今日の夢も楽しかった……って喜んでるよ。その点でいうと、君はすごく立派な夢魔なのかもしれない」
【レン】
「けど文句がないワケじゃないぞ。他の人たちは毎日の夢でちょっと引っ張り出されるだけだろうけど、主観にされてるこっちはかなり混乱したんだ。初めは閉じ込められたのかなって不安になったぐらいだし、少しは説明があっても良かったんじゃないか?」
むっ、と抗議の眼差しを送る。
【レン】
「…………………………!」
あ、慌ててる慌ててる。
よしよし、今後こんなイタズラが癖になったら問題だし、怒る所はちゃんと怒っておかないといけない。
あ、慌ててる慌ててる。
よしよし、今後こんなイタズラが癖になったら問題だし、怒る所はちゃんと怒っておかないといけない。
「反省してるならそれでいいよ。……まあ、君が秘密にしようとした理由も解らないでもないんだし」
【レン】
「…………………………」
「分かってる。俺がこの夢の主観であり、いつまでも夢を見続けているってコトは、現実の遠野志貴が怪我をしたからだろう?
……えーと、あらましはこんなトコだと思う。
何かの事故にあった俺は、とりあえず病院に担ぎ込まれた。で、昔の後遺症なのかしらないけど中々目を醒まさない。それを心配したアルクェイドが君を使って俺が精神死を迎えないようにした——どう、あってる?」
「分かってる。俺がこの夢の主観であり、いつまでも夢を見続けているってコトは、現実の遠野志貴が怪我をしたからだろう?
……えーと、あらましはこんなトコだと思う。
何かの事故にあった俺は、とりあえず病院に担ぎ込まれた。で、昔の後遺症なのかしらないけど中々目を醒まさない。それを心配したアルクェイドが君を使って俺が精神死を迎えないようにした——どう、あってる?」
「…………………………」
む、なんか複雑な沈黙だ。
当たっているのか間違っているのか、ちょっと自信がなくなってくる。
「……話を戻すけど。
そうして眠り続けている遠野志貴は、こうして夢の世界でのんびりして、その間に現実のほうで治療が終わる。
これは憶測なんだけどね。俺の怪我って、実はとっくに治っているんじゃないか? だから俺も、もうじきこの夢を見ることがなくなってしまう」
「…………………………」
気付いていたんだ、と彼女は瞳で告げた。
「うん。いくら俺が鈍感でも、さすがに気付いた」
———それと。
この夢を維持するために走り続けてきた君も、もうじき夢のように消えてしまうというコトも。
「…………………………」
彼女はかすかに俯いた。
……長い沈黙。
それにいつまでも付き合おう、と考えている矢先、彼女は凛とした瞳を向けて。
【レン】
“もう目覚めて”
“もう目覚めて”
そう、彼女は感情のない瞳で言った。
……一人きり。あの、遠い風景を眺めていた頃と変わらない瞳で、声もなく別れを告げる。
「————————」
その言葉を聞いて確信してしまった。
……彼女は気が付いていない。
俺は、自分で目覚めることなんてできない。
だってこれは、遠野志貴が見た夢じゃないんだ。
ここでは誰もが役者だと悪夢は言った。
その中で唯一俺が主観だった理由は、きっと俺自身が語った通りなのだろう。
けれど、こんななんでもない日々を大切に、届かない憧憬のように作り上げたのは俺じゃない。
「……そうか。そんなことにさえ、気が付かないほど」
君は、ずっと独りだったのか。
歩み寄る。
彼女は逃げ出さずに見上げてくる。
その肩に手を置いて、言った。
彼女は逃げ出さずに見上げてくる。
その肩に手を置いて、言った。
「———違うんだ。これは、俺の夢じゃない」
「…………………………?」
不思議そうに首をかしげる。
……そう。
この世界が死にかけているのは当然といえば当然なんだ。
そもそも、命に大事のない遠野志貴の夢なら、世界が死にかけるなんて事も起きえない。
……初めから、死にかけているのは一人だけ。
その間際に見た最後の夢が。
「これはきっと、君がずっと見たがっていた」
本当に、どうということのない、
「大切な、君の夢なんじゃないかな」
独りきりの子猫が見た、ありきたりの日常だった。
「—————————————————」
呆然とした彼女の貌。
……唇が静かに揺れている。
呆然とした彼女の貌。
……唇が静かに揺れている。
わたしの、ゆめ。
怖れるような、信じられないような、そんな震え。
彼女はただ呆然とその言葉を繰り返す。
彼女はただ呆然とその言葉を繰り返す。
「………………」
きっと、彼女はアルクェイドを通して俺たちの日常を眺めていた。
ただぼんやりと、喜怒哀楽を持ちながら、それがそれぞれどのような事柄なのかさえ知らなかった彼女は、自分でも分からないままに望んでいたのだ。
誰かと話して、誰かに触って。
それがどういうコトなのか知らないけど、ただ、そうしていられたらいいと。
……撫でられた子猫が、嬉しいという意味なんて関係なく、ただいつまでもそうしていようとするように。
———けれど、彼女にはそうする理由というものがなかった。
だからどんなに望んでも見つめているだけ。
遥か昔、彼女の主がそうであったように。
ただ世界を眺めて個人であろうとし、結局最後に、彼女に触れて温かみを教えてしまった独りの老人。
彼女はただ眺めるだけ。
中に入れず、けれど温かみを知っていて、誰かの幸福を眺めているだけの少女。
「——————」
そんなのは、もう、やめにしよう。
□中庭
地面に膝をついて、優しく、彼女を抱きしめた。
「もういいよ」
力を入れて、けれど束縛することなく、そっと抱きしめた。
「今までずっと淋しかったんだ。だからもう、中に入ってきていいんだよ」
こつん、と額をあてて言った。
「もういいよ」
力を入れて、けれど束縛することなく、そっと抱きしめた。
「今までずっと淋しかったんだ。だからもう、中に入ってきていいんだよ」
こつん、と額をあてて言った。
「…………………………」
初めは、驚いたように顔を上げて。
何か、長年の呪縛から解かれたように、つう、と彼女の頬に涙が零れていった。
「…………………………」
たどたどしく寄せられるか細い指。
ただ一筋の涙を流して、少女はすがるように抱きついてきた。
ありがとう、と。
声無き声で、子猫が鳴くように繰り返す。
「……ばか。そんなの、お礼を言わなくちゃいけないのはこっちの方だ。怪我が治るまでずっと守ってくれただろ。だから、そのお礼をしなくちゃ。
……頼りにならないだろうけど、俺で構わないのなら」
少女から腕を離して、ぶつりと人差し指を噛みきった。
……頼りにならないだろうけど、俺で構わないのなら」
少女から腕を離して、ぶつりと人差し指を噛みきった。
つう、と零れていく赤い血液。
「君の力になれないかな。こんなものでよければいくらでもあげるから」
「…………………………」
血に濡れた指を差し出す。
彼女は慌てながら、どこか不安そうな目で困っている。
「知ってる、こういうのって契約っていうんだろ。アルクェイドのヤツじゃ君に力を分けられないなら、俺が君と契約する」
【レン】
「…………………………」
少女は陶然と吐息をつく。
少女は陶然と吐息をつく。
————彼女は、恥ずかしそうに俯いたあと、
ふるふると、首を横に振って断った。
【レン】
「……………………」
彼女は恥ずかしそうに俯いて、ひどく言いにくそうにこちらを見ている。
「……? 契約するのはイヤ、なのかな」
「……? 契約するのはイヤ、なのかな」
【レン】
【レン】
【レン】
【レン】
【レン】
「………………!」
力いっぱい首を振る。
「?」
どうにも契約自体はイヤじゃないようだ。
けど、ならどうして血を飲むのを断ったんだろう。
【レン】
「……………………」
彼女はすがるような目を向けてくる。
「———あの、君が言いたい事はよく分からないんだけど……とにかく契約自体は問題ないんだね?」
「……………………」
頷く少女。
それなら、もう一度——�
「……………………」
彼女はすがるような目を向けてくる。
「———あの、君が言いたい事はよく分からないんだけど……とにかく契約自体は問題ないんだね?」
「……………………」
頷く少女。
それなら、もう一度——�