バレンタインデーが近づいてきた。
バレンタインにチョコレートというのはお祭りだから、全然目くじらを立てることはない。「商業主義に踊らされている」とか「こんなバカなことをやっているのは日本だけ」とか、よく指摘されているが、同じアホなら踊った方が楽しいし、外国がどうしたとか知っちゃいないと私は思っている。
女の子たちが目の色を変えてチョコレートを選び、カードを書き、渡し方まで思い悩むというのは当然のことである。義理ではないチョコレート一枚を渡すことで、相手からどんな反応が返ってくるか、それは女の子たちにとって息をつめて待つ一時なのだから。こういう思いは、すべき年頃にしっかりしておいた方がいい。
ただ、プレゼントというのはバレンタインやクリスマスのようなイベントの時も嬉しいけれど、もっと嬉しいのが「何でもない日」の意外性である。
ある何でもない日、男友達から大きな宅配便が届いた。これが重くて一人では持ちあがらないほどである。私は玄関にハサミを持って行き、そこで箱を開いた。中には大きな栗かぼちゃが二つと、見るからに採りたてという感じのジャガイモと、玉ねぎがギッシリ。
私はびっくりし、大喜びして、その男友達に電話をかけた。
「ありがとう! どうしたの? あんなにたくさん、突然」
彼は面倒くさそうに、ぶっきらぼうに答えた。
「北海道に仕事で行ってたから」
「うれしい。北海道で私のこと思い出してくれたんだァ! ありがとう!」
「別にそういうわけでもないけどな。向こうで食ったらうまかったから」
彼はもっと面倒くさそうに言うと、電話を切った。私は栗かぼちゃを抱いて、一人で笑った。
また、バーゲンセールの会場から電話をかけてきた女友達もいる。
「牧ちゃん、オレンジ色のセーター欲しいって言ってたよね。メンズだけどすごくいい色があるの。『ひらり』の陣中見舞にプレゼントするわ。Vネックとタートルとどっちがいい? 言っとくけど超安物よ」
この電話も嬉しかった。二つとも「何でもない日」に、突然私のことを思い出してくれたという事実が嬉しいのである。こんな風にサラリと、あったかいプレゼントができる人間になりたいなァと思う。
私の女友達に、とびっきり「何でもない日」のプレゼントがうまい人がいる。藤原ようこさんというコピーライターで、イラストレーターの真鍋太郎さんの奥さまである。太郎さんは私が女性誌「アンアン」に連載しているコラムに、毎週イラストを描いて下さっている。その関係でようこさんにもお会いしたのだが、初対面の時から妙に気が合ってしまった。
真鍋夫妻は週末はいつも山に建てた別荘で過ごすという。ある時、その山から卵をお土産《みやげ》に持ってきてくれた。これがもうおいしいの何のって。目玉焼きを作ると、みかん色の黄身がぷっくりと盛りあがり、私は、
「イヤァ、何て元気な卵なんだッ」
と、フライパンを見ながら感動してしまった。困ったことに、この卵を食べるとスーパーで売っている卵が食べられなくなる。卵の味がしないのである。正直言って、「悪い癖をつけられたなァ」と思った。東京には売ってない卵だし、週末を見はからって、
「ねえ……また山に行くの?」
などと遠回しに言うのも品がない。さりとて、
「サァ、卵なくなっちゃったァ」
と電話するほど、その時はまだようこさんと親しくなかった。ところがある晩遅く、私が仕事から戻ると自宅のドアに何やらぶら下がっている。見ると山の卵とススキである。びっくりしていると、彼女の声が留守番電話に入っていた。
「牧子さーん、藤原ようこです。管理人さんに入口あけてもらって、卵と山のススキをお届けしました。元気な卵を食べて、元気に書いて下さーい」
以来、彼女は思い出したように卵をさり気なく届けてくれる。先日は山から戻るや、まずファックスが入った。
「帰り仕度をしていたら
ちいさな雪がコロコロと
本当にコロコロと音立てて
山をコロガッてきました。
チビの真珠玉が
寒さで凍えたみたいでした。
そういう山から
またタマゴ、持って帰りました」
コピーライターというのは、何とすてきな手紙を書くのだろうと思い、私はこのFAXをいまだに仕事部屋のコルクボードにピンで止めてある。
ようこさんは「山のお店で見つけたの。お肌がスベスベになるわよ」という電話の後で、突然「垢《あか》すり」を送ってきたりする。二百円の垢すり一個に四百円も送料をかけて送ってくれると、私は心の垢まで取れた気になる。上手なプレゼントというのは、本当に人の心をしなやかにする。
バレンタインにチョコレートももちろんいいけれど、「何でもない日」に何でもない物を上手に贈るというのは、とびっきりの技だと思う。
今年はわざとバレンタインをはずして、二月二十一日とか三月六日とか、なんでもない日にチョコレートを贈ってみようか。
「やっぱりアナタが好きだって、今頃になって気づいたわ。 牧子」
なんてメモをつけて。ワォ!
これでダメなら、もう女やめるッ!