仙台に行くために、東京駅の新幹線ホームに立っていたら、突然目の前にショッキングピンクの一団が現われた。それは何と十八人もの若い女の子たちで、たとえは古いが「月光仮面」の如く、まるで疾風《はやて》のように、どこからともなく現われた。
彼女たちはたぶん全員が二十代前半で、全員がショッキングピンクのセーラーハットをかぶり、ショッキングピンクのジャンパーを着て、ショッキングピンクのソックス姿である。そして淡いグレーの短いキュロットスカートに、真っ白なスニーカー。彼女たちはホームにピシッと一列に並び、入ってきた「やまびこ」にいっせいに頭を下げた。
「な、何なんだ! これは」
私はあっ気にとられて、十八人の「お辞儀する乙女たち」を見ていた。あっ気にとられていたのは私ばかりではない。ホームに立っていた乗客のほとんどが初めて目にした光景だったのだろう。上品な紳士も半分口をあけて、目を離せずにいた。
彼女たちはグリーン車の客が一人残らず降りるまで、じっとホームの床を見るスタイルでお辞儀を続けている。
やっと我に返った私は、彼女たちがショッキングピンクのクズ箱や、小さな掃除機を手にしていることに気づいた。口を半分あけていた紳士も我に返ったらしく、つぶやいた。
「お掃除お姉さんか……」
乗客が残らず降りるや否や、彼女たちはサーッと車内に入って行った。何だか私は砂時計を見ているような気がした。車内に入る時の速さといったらまるでショッキングピンクの砂が音もなく落ちるようなのである。
すぐに「やまびこ」の入口には「おそうじ中です」という看板がかけられ、ショッキングピンクの一団は、クズ箱や掃除機を手に車内にサーッと散った。私はそれを見ながら、「虫歯」のCMを思い出していた。手に手に槍《やり》などを持った、ちょっと可愛らしいバイ菌が人の口の中を走り回るようなのである。そのくらい、彼女たちの動きは機敏で、ショッキングピンクのユニホームはショッキングだった。
私は目をこらして、ホームから彼女たちを見ていたが、その働きぶりは拍手をしたいくらいみごとなものだった。何しろ若いから動きが速い。あれよあれよという間に座席カバーを取りかえ、肘《ひじ》カバーを取りかえ、灰血をきれいにし、ゴミを捨て、床にクリーナーをかけた。面白いことに、チーフ格のリーダーが車両の端で腕組みをして立ち、じっとみんなを見つめている。彼女はショッキングピンクのユニホームは同じだが、何もせずに厳しく目を光らせているのである。
何だかスポーツを見ているような、みごとな動きで車内清掃は終わり、また砂時計の速さと静かさで、十八人のピンクレディたちはホームに出てきた。そして再び一列に並ぶと、ホームの乗客に一礼し、サーッと階段を降りていき、消えた。
「やるもんだねえ」
ビジネスマン風の乗客二人が、顔を見合わせてつぶやいた。
一列になってお辞儀をしたり、寸分乱れぬようすなどを見た人の中には、
「何だか悪い意味で体育会的で、恐いものを感じるわ」
という意見もあろう。それは私もよくわかる。
が、そう思う前に私は拍手したくなっていた。彼女たちがJR東日本の社員なのか、それとも清掃専門会社の社員なのか、バイト学生なのかは知らないが、「清掃」のイメージをひっくり返してくれたと、正直なところ思わざるを得なかった。
何しろ速い。可愛い。あっけらかんとゲーム感覚である。
「清掃」というのは、頭と体と両方を使う仕事だと私はいつも思う。よく行くスーパーマーケットにはベテランの清掃係がいて、私はいつも舌を巻いている。六十五歳くらいの男の人なのだが、その手際のよさといったらない。客でごった返す時刻でも、人波を縫ってカゴやカートの整理のうまいこと、うまいこと。
ある時、あまりのうまさに私は注意して見ていたことがあった。その時に気づいたのだが、彼は「動線」を最小限度におさえている。つまり、自分が動く道順を短くし、無駄な動きによる疲労がこないように頭を使っているのである。アッチにカゴ置場があり、コッチに清掃道具置場があり、となれば当然「動線」はふえる。しかし、彼は客の散らかしたカゴを片づける動線上に、ゴミ箱を置き、清掃道具を隠している。同じラインを歩く途中で色んな清掃ができるように考えていることがよくわかった。
これはハッキリ言って、若い人には難しい。ベテランのプロの技である。しかし、ある夕方に見てしまった。その六十五歳くらいのベテランが、ガックリと疲れ切ってマーケットの裏に座りこみ、大判焼を食べていたのである。甘い物を食べたくなるほど体を使う仕事は、年配者にはつらいだろう。
私はピンクレディの動きを見ながら思っていた。「コバルト・ボーイズ」や「ゴールド・ミドル」といった集団も作ったらどうかしら。「コバルト・ボーイズ」は若い男の子の集団で、コバルトブルーのユニホームをおしゃれに着こなし、ひたすら力仕事部分を請け負う。「ゴールド・ミドル」は中年以上のベテランで、清掃の能率や動線を考え、腕組みして目を光らせる集団。むろん、ゴールドのユニホームである。
適材適所で、それにカッコいいと思うけどなァ。