結婚式のスピーチというのは本当に難しい。先日、私は絵に描いたような野暮なスピーチをしてしまった。NTVの「……ひとりでいいの」でご一緒した小山プロデューサーが、三十六歳にして年貢を納められたのである。お相手はやはり「…ひとりでいいの」を担当してくれた美人スクリプターのマリちゃんである。
二人は水面下で秘かに愛を育《はぐく》んでいたらしく、婚約のニュースに誰もが絶句した。つきあっていることを知っている人は、ほとんどゼロに近かったのではないだろうか。
私は二人の結婚式でスピーチを頼まれた時、話したいエピソードがすでにちゃんとあった。二人の交際を初めて知った日のことである。
それはある結婚式でのこと。私の右隣りに小山さんが座った。私の左隣りには、「外科医有森冴子」の細野ディレクターが座っておられた。私は久々に会う小山さんに聞いた。
「どう? 身辺変わりなし?」
小山さんはすでにマリちゃんと結婚の約束ができていたのに、ものすごく淋《さび》し気に目を伏せ、言ったのである。
「何ひとついいことなんてないよ。淋しいものですよ、僕は」
その演技にコロリとだまされた私は自分の淋しさも忘れて、小山さんを励ましたのだからおめでたい。
「大丈夫よ、今に春が来るわ。どん底の後には春がくるのよ」
小山さんは小さく吐息などもらし、気弱な笑みを浮かべてつぶやいた。
「イヤァ、僕はずっと冬です……」
クーッ。今になっても腹が立つ。あの名演技はプロデューサーにしておくのは惜しいわッ!!
すると、左隣りの細野さんが私に話しかけてこられた。
「内館さん、元気そうだね」
すっかり小山さんにだまされている私は、同じように小さく吐息などもらして答えた。
「元気ですけど……小山さんと私にだけ春が来なくて」
細野さんは声をひそめて囁《ささや》いた。
「もう知ってる人も多いけど、小山はマリちゃんと三月に結婚するよ。今は春|爛漫《らんまん》ですよ」
私のぶっ飛んだことと言ったらない。目は点になり、全身が一瞬にして化石になっていた。やっと我に返って右隣りをうかがうと、小山さんはずーッと演技者のままで、切なく肩を落としてお料理を食べている。が、一瞬のうちに私は細野さんの言うことが真実だとわかった。俳優ではない小山さんは、隅々まで演技が行き届かず、肩はしょんぼりしていても目は笑っていたのである。私はホントにどうしてくれようかと思った。このままではおくものか! この地味で心優しい私をだましたあげく「どん底の後には春がくるのよ」などと励ますことまでさせたのである。
普通ならここで「ちょっと、小山さんッ! 聞いたわよッ」と右隣りにかみつくのだが、私はそういうバカなことはしなかった。もっといたぶって楽しもうと思ったのである。私は淋し気に言った。
「ね、小山さん。いつの日か、私たちにも花咲く春が来るのかしら」
何も知らぬ小山さんはますます演技に磨きをかけて、全身に淋しさをにじませ、でも目だけは笑って答えた。
「内館さんには必ず春が来ますよ。でも……僕は淋しいままサ、一生」
ホントによく言う。「ウソつきはプロデューサーの始まり」ってホントね。
「でも小山さん、ホントは春がそこまで来てるんじゃないの?」
「何を言ってるんですか。この顔が春の来た顔ですか?」
とうとう私の堪忍袋の緒が切れた。
「もうッ! たった今、細野さんに全部聞いたわよッ」
今度は小山さんの目が点になった。というのはウソで小山さんはヘニャラーと頬をゆるめて、
「バレたんならしようがないな」
と、披露宴のお開きまで、ずーっとマリちゃんのことをのろけまくったのである。
そして先日、小山さんの式が近づいたある夜、うちに一枚のファックスが入った。見ると小山さんからで「ひらり」をほめちぎっている。完璧にお世辞とわかるほめ方である。私はピンときた。スピーチで「右隣り」の件を言われると恥しいから、ほめて点を稼ごうとしているに違いない。そうはいくか! これもネタにしてくれる!
私は式場で小山さんのファックスを読みあげた。
「私に言って欲しくないことがあるので小山さんはこんなファックスまでくれました。ここまでよくほめるものです。ちょっと聞いて下さい、『ひらりは内館さんのパワー、才能、情熱が結実し、誠におみごと。えげつなさで人を引くのではなく、ストレートに、前向きに、現実的に、力強く、明るく正しいドラマで、まさに内館さんの横綱級の大技です。立派』と、こうです。ここまでお世辞を言っても小山さんはバラされると恥しいことが……」
と言いかけ、私は焦った。会場がシーンと静まり返っている。このバカなファックスにみんな笑うと思ったのに、誰一人笑わない。シーンである。
「ジョークに受け取ってもらえなかったんだ……」
と気づいた瞬間、私はもうパニックである。やっとの思いで「右隣り」のエピソードをバラしたのだが、「自分をほめた女」に場内は静まり返っている。
「野暮なことは嫌い!」なんて豪語するのはもうやめた。孫の代まで笑われる大野暮をやってしまった。もう二度とスピーチはやらない。