ウェイトレスだったころ、仲の良い女友だちがいた。彼女もバンドをやってたので、よくいろんなことを話した。まだあちこちのバンドを行ったり来たりしながら漫画の持ち込みをしていた私に比べて、精力的に活動してたし、思慮深い人で、おっちょこちょいの私が失敗するとなだめ役になってくれたりもした。
私は彼女は音楽で身を立てるものと信じていたし、口に出すとあまりにもクサいので一度も言わなかったが「お互いがんばろうね」の間柄であった。ところが彼女はその後職を転々とし、勤めているはずのパブに行ったら「あの子、田舎に帰ったよ」と言われてしまった。私はがっかりしたが、しばらくしたらまた上京して来たので、彼女と一緒に仕事が出来ないものかと電話してみた。
彼女は忙しそうだった。年を偽ってスナックで働いていると言う。本当の年齢より若く言っているのは、パトロンを見つけて店を持つためなのだそうだ。「今パトロン候補が二人いるんだよね」「その仕事は楽しいの?」と聞くとため息まじりに笑って「ときどきいやになるんよ」。「そんなのやめれば?」するとなぜか「水商売でも頑張ってる子、たくさんいるんだよ!」と怒り出してしまった。
しかし私だって、彼女のお客をなめた考えに少し怒っていた。人にお金を出してもらうことを簡単に考えている。「ときどきいやになる」ような仕事を、歳さえ若く言えばそれが魅力になるという程度の考えでやっている人に、だれがそんな大金を出してくれるものか。私は淡々と、しかし結構しつこく「私も会社作ってわかったけど、お店持たせてもらうって大変なことだよ」と話したが、彼女は、部屋には可愛い犬も飼ってるし、そこそこにしあわせだから、と電話を切った。
その夜、私は打ち合わせ中に生まれて初めて胃痙攣《いけいれん》を起こし、何度も吐いて大騒ぎした。とても悲しくて苦しい日でしたわ、トホホホ。