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旅路01

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    1大正十四年十一月の或《あ》る晴れわたった朝、北海道|手宮《てみや》駅で貨物掛をしている室伏雄一郎は、真新しい紺
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大正十四年十一月の或《あ》る晴れわたった朝、北海道|手宮《てみや》駅で貨物掛をしている室伏雄一郎は、真新しい紺のラシャ服に身をかため、父と母の二つの骨壺《こつつぼ》の入った旅行|鞄《かばん》をさげて函館《はこだて》本線の乗客となった。
その行先は、父母の故郷の南紀州の尾鷲《おわせ》というところで、尾鷲には父の兄にあたる伯父夫婦がまだ健在だった。
雄一郎の住む北海道|小樽《おたる》市にほど近い塩谷《しおや》から函館までがざっと九時間、青函《せいかん》連絡船の待合せに一時間ばかりかかり、津軽《つがる》海峡を渡って今度は青森から仙台行の列車に乗った時はすでに深夜だった。東京の上野駅に着いたのは翌日の午後七時、塩谷を出てからここまで約四十時間かかった。
たった十日間の休暇では東京でゆっくり休んでいる暇はない。直ちに、上野から東京駅へ行って東海道線に乗り継ぐと、亀山《かめやま》着が翌日の正午、更に乗りかえて相可口《おうかぐち》(現在の多気《たき》を当時はそう呼んだ)を経て鳥羽《とば》まで行き、鳥羽の港から尾鷲へ向う船へ乗った。
遠く熊野《くまの》の山々を背にして、海へ向った尾鷲の町は、まだしんと寝静まっている。
尾鷲でいったん船を降り、そこから又小さな船に乗り換えて須賀利《すがり》という漁村へ向った。
生れてはじめて見る紀州の海は、ふだん見馴《みな》れた小樽の海にくらべると、眼のさめるほど明るく優しい印象を雄一郎に与えた。
(この海で、父が産まれたのか、母が育ったのか……。この海が父母の故郷《ふるさと》なのか……)
雄一郎はじっと海をみつめていた。今は亡き父母の面影が波間に揺れている。
ふと気がついて、雄一郎は旅行鞄から両親の骨箱を出し、胸に抱いて甲板へ出た。
「親父さん……故郷へ帰って来たんだよ!……おっ母さん、あんなに言っていた紀州へ連れて来てやったんだぜ……」
胸の中で、雄一郎はそっと骨箱の両親に話しかけた。
父の嘉一が鰊《にしん》漁の操業中、海へ落ちて死んだのは今から十年前、雄一郎が十歳のときだった。嘉一は故郷の須賀利を出て亡くなるまでの二十五年間、ただの一度も此地には帰らなかった。五年前に胃潰瘍《いかいよう》で死んだ母のしのにしても同様である。
晩年のしのは、亡くなるその日まで、紀州の生れ故郷である小さな漁村へ夫の骨を抱いて帰ることを夢見ていた。
「なあ、はる子……紀州へ行くとき、むこうの親類への手土産はなにがよかろうのう……」
札幌《さつぽろ》の鉄道病院のベッドの上でしのは、看護をする雄一郎の姉のはる子にうわ言のように繰返した。
「やっぱり、北海道の名産みたいなものがええかのう……」
そんな母の言葉を思い出すたびに、雄一郎は一日も早く父母の骨を須賀利にある室伏家先祖代々の墓所に納めてやりたいと思うのだが、その頃、やっと電信科の試験に通り本採用されたばかりで、なかなか思うようには行かなかった。
眼の前に、その須賀利の緑豊かな山々や、キラキラと陽《ひ》に輝く村の家々の屋根が近づいてくる。ここが父と母の生れ故郷だった。
(とうとうやって来た!)
長いあいだ抱きつづけてきた望みだっただけに、雄一郎の胸には何か急に熱いものがこみあげてきた。
白い水鳥が船の舳先《へさき》をかすめて翔《と》んで行く。その翼が水色に染まりそうなほど、青く澄みわたった空だった。
伯父の室伏久夫は須賀利で網元をしていた。漁船も何|艘《そう》か持ち、雄一郎が想像していたより裕福な生活のようであった。
雄一郎が訪ねて行くことは、すでにはる子から手紙で知らせてあり、伯父も伯母も、このはじめて見る甥《おい》っ子を心から歓待してくれた。
一応、伯父の家に落着き、ひととおりの挨拶《あいさつ》をすますと、雄一郎はすぐ両親の骨壺《こつつぼ》を抱いて室伏家の菩提寺《ぼだいじ》をおとずれた。
「嘉一さんもおしのさんも、とうとう骨になって故郷へ戻って来なすったか。この土地を出て行くときは、二人ともまだ夫婦になったばかりで、ぴんぴんしとられたがのう……」
寺の老住職は二つの小さな骨壺に合掌し、黙祷《もくとう》した。
「せめて、母だけでも生きているうちに帰らせてやりたかったと思います」
「うん、うん……」
老僧は深くうなずいたが、すぐ眼をあげて、
「しかし、まあ、あんさんがえろう立派になって二人のかわりに帰って来なすったで……きっと、御先祖様がたも喜んでいなさることじゃろう」
一語一語、雄一郎の胸に刻みつけるように言った。
夜、伯父夫婦は雄一郎を炉端《ろばた》に据え、次から次と酒と肴《さかな》の御馳走《ごちそう》攻めにした。伯父夫婦には子供が無い。北海道からやってくる珍客のために、一週間も前からいろいろ準備をし、楽しみに待っていたのだった。
話題はやはり亡くなった嘉一としのの事、北海道のこと、雄一郎の仕事のことなどで、伯父も伯母も同じ質問を何度でもし、そして雄一郎は何度でもそれに答えた。
伯父はかなり酒好きだった。父はあまり飲めないほうだったのに、雄一郎は酒に強い。
(もしかしたら、俺は伯父さんのほうの系統かもしれない……)
飲めば飲むほど上機嫌になって行く伯父の顔を眺めながら、雄一郎はふとそんなことを考えた。
伯父は嘉一よりも小柄で肥っていたが、声の調子も顔だちも父によく似ていた。話に熱中しているうちに、なんだか父と話しているような錯覚におちいることもしばしばだった。伯父の声がいつの間にか父の声になり、雄一郎も十歳の子供の頃にかえって、十年前の囲炉裏端《いろりばた》での一家|団欒《だんらん》の光景に変って行った。
「雄一郎、お前大きくなったら何ンになるんじゃ」
「俺《おれ》か……俺、大きくなったら鉄道員になる……学校出たら鉄道に入って機関手になる」
雄一郎は立派な機関手になったつもりで、汽車の排気音から警笛まで全部一人でやって炉端の線路を走り回った。
「これ、雄一郎止めんか、危い……」
しのが眉《まゆ》をひそめるのを制して、嘉一は、
「まあええわ放っとけ……塩谷の南部駅長さんが言っとった、鉄道は貧乏人でも勉強次第でいくらでもえらくなれるんやと……雄一郎、機関手になるんじゃったらうんと勉強せないかんぞ」
嬉《うれ》しそうに眼を細めながら激励する。
「ああ、俺ア、きっと機関手になる……」
雄一郎はますます図にのって、炉端を駈《か》け回った。
嘉一が、そんな息子の様子をさも頼もしげに眺めるのには理由があった。彼は元々、若い頃から機関手にあこがれていた。だが、それは彼が左足の関節炎を患ったことにより断念せざるを得なかった。その夢を彼は息子に托《たく》しているといえば少し大袈裟《おおげさ》だが、すくなくとも、雄一郎が鉄道に入りたい考えを持っていることを喜んでいるのは確かだった。
雄一郎は父の死んだ日のことを思い出す。春とはいえ、まだ氷のように冷《つ》めたい北の海に落ちた父の遺骸《いがい》は、大勢の仲間たちの手によって家に運び込まれた。
変りはてた父の遺体にとりすがって泣いている母や妹たちを残して、突然、雄一郎は近くの浜辺へ駈け出して行った。姉のはる子が気がついて後を追ったが、追いつけなかった。
浜辺には父の生命を奪った波が、いつもと変りない何食わぬ顔で打ち寄せていた。
雄一郎の胸に哀《かな》しみが突き上げてきた。が、歯をくいしばって、彼はそれに耐えた。大きな海と向いあい、すっくと立っていた。
はる子がようやく浜辺の雄一郎を見つけたとき、彼は海に向って何か大声で叫んでいた。
「お父う……俺は機関手になる……誰にも負けない……誰にも負けない……」
声は途中で泣き声に変った。
「機関手になる……お父う……お父うッ……」
あれからもう十年、雄一郎は機関手にこそならなかったが、少年の日の希望どおり鉄道で働く身の上である。
「がんばれよう、うんと勉強してえらい人間になるんだぞ……」
雄一郎には、そんな父の声が聞えるような気がした。
「しかし、まあ、嘉一の奴《やつ》も苦労ばっかりして死んだようなもんだが……雄一郎がこんな立派な息子になって、ほんまに地下で涙ながして喜んどるやろ……」
伯父の声で、雄一郎はふと現実に引きもどされた。
「どうしたんや雄一郎はん、もっと飲みいな……」
伯母が向う側から笑いながら雄一郎の顔をのぞきこんでいた。
「さ、盃《さかずき》をあけて」
「はい、いただきます」
雄一郎は一息に盃をほした。
「そうそう……あんた、いつぞやおしのさんから手紙で頼まれとったことがおましたやないか」
伯母が急に思いついたように言って、伯父の膝《ひざ》をつついた。
「なんやったかいな」
「なんやったかいなじゃないがな……ほれ、雄一郎はんのことで……ほれ……」
伯母が伯父の耳に何事か囁《ささや》いた。
「ふむ、そうやったなあ……」
伯父もようやく思いだしたらしく、意味ありげな微笑を雄一郎に向けた。
「何んですか、母がお願いしたことって?」
「あんさんのな、お嫁はん探し、頼まれてまんねん」
伯母はにこにこ笑っている。
「嫁さん……?」
雄一郎は眼をむいた。
「あんさん、今年で幾つにならはりましてん……」
「僕はまだ……二十歳《はたち》ですよ、嫁さんだなんてそんな……」
「そんでも、来年は二十一やでのう、この辺の若い衆は二十一、二で嫁はん貰ろうん、たんとあるさかいに……雄一郎はんかて、決して早いことおまへんえ……なあ、あんた」
伯母は伯父に同意を求めた。
「そりゃ……嫁とり婿とりは縁次第やけどなア、遅いより早い方がええもんや、お前は長男やしのう」
「なあ、あんた、ほれ、この前、話のあった尾鷲の中里はんとこの嬢《とう》はんなア……あれ、雄一郎はんにどうやろう?」
「まあなア……中里の嬢はんじゃ、ちと身分が違いすぎるさかいに……」
「そんでも、むこうさんもちっと遅れてるのやし……雄一郎はんはれっきとした鉄道員やないか」
「ふうん……それもそうやのう……」
「あんた、一遍きいてみたらどうなの」
「そうやな」
伯父と伯母の間で話がどんどん進んでいくのをみて雄一郎は慌《あわ》てた。
「お、伯母さん……」
「まあ、ええがの……こういう話は大人にまかしとくもんや」
「それだって……」
「まあええ、まあええ……」
伯父までが伯母と調子を合せて、雄一郎の抗議に耳をかそうともしない。
(紀州の人は気が早いんかな……)
雄一郎はあっけにとられて、伯父夫婦の顔を見守るばかりだった。
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