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旅路58

时间: 2019-12-29    进入日语论坛
核心提示:    20千枝は岡本良平の妻になった。初七日に南部斉五郎の仲人で仮祝言《かりしゆうげん》をすませた千枝は、その夜は一たん
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    20

千枝は岡本良平の妻になった。
初七日に南部斉五郎の仲人で仮祝言《かりしゆうげん》をすませた千枝は、その夜は一たん吉川の家へ戻り、四十九日がすんでから、あらためて吉川夫婦に伴われて良平の許へ嫁いで来た。
長い間、まわりの者たちに気をもませた二人だったが、いざ結婚してみると、良平も千枝もなかなかのしっかり者で、近所の評判もよかった。
良平は結婚前の約束を守って、千枝を大切にした。
この年の暮、東京では浅草・上野間にはじめて地下鉄が開通した。
その翌年、昭和三年五月一日、有里は予定より一週間ほど遅れて、玉のような男の子を産んだ。
雄一郎はその知らせを帯広《おびひろ》の駅で受けた。
彼の乗務する列車がまさに発車しようとする寸前、ホームの向う側にすべり込んで来た列車の車掌の田辺が大声で知らせてくれたのである。
「オーイッ、室伏、男の子だ、男の子だぞオ……母子ともに健全だそうだ、よかったな、おめでとう……」
聞いたとたん、雄一郎は体中がぞくぞくした。
安心したのと、嬉しさでぼんやりしてしまった。そのとたん、
「いよいよ、お前も親父《おやじ》さんだ、怪我《けが》をしないよう気をつけろや……」
田辺の声にはっとした。
(そうだ、今日から俺は親父なのだ……しっかりしなければ……)
気をひき締めて、笛を鳴らした。
その日の雄一郎は、誰にでもお礼が言いたかった。有難うと連呼して、列車中を駆けまわりたい気持だった。
(有里が男の子を産んだ……母も子も元気だ……)
雄一郎の眼の前に虹《にじ》が輝いている。
彼は胸を張り、顔を上げて歩いた。
その日の雄一郎は、乗客の誰に対しても叮嚀《ていねい》であった。親切のありったけをつくした。誰に対しても愛想がよかった。
乗務を終ると、雄一郎は飛びたつように家へとんでかえった。
玄関の戸を開けると、出合いがしらに、
「まあ、室伏さん、おめでとう……よかったねえ、男の子ですよ、大きくって元気な赤ちゃん……あなたにそっくりよ」
桜川民子に祝いの言葉をかけられた。
「そうですかア……」
雄一郎は思わず相好《そうごう》をくずした。
「ま、赤ちゃんの顔をみておいでなさい、夕御飯はうちのほうで仕度してありますからね。うちの人が内祝に一杯やろうって、さっきから待ってるのよ、早くおいでなさい……」
「ふん、余計なお世話だね……」
背後で突然声がしたので、雄一郎は驚いてふりむいた。
右隣りの岡井よし子だった。
「ほんとに気がきかないったらありゃアしない……こんな時は、奥さんの枕許《まくらもと》で水入らずにゆっくりさせてやるもんだよ」
「なんですって……」
民子が眥《まなじり》をつり上げた。
「なにさ……」
よし子も負けてはいない。
「なにしろ産後だからね、なるべく安静にしてやらないといけないのに、さっきから用もないくせに覗《のぞ》きにばっかり来ていてさ……室伏さんとこじゃいい迷惑だよ」
「なんですか、あんたこそさっきから台所でがたびしがたびし……あれで安静といえるんでしょうかね」
「あたしはここの家のご亭主さんの夕飯つくりに来てるんだよ」
「夕飯なら、うちのほうでちゃんと用意してありますよ」
「あらそうですか、だけどお生憎《あいにく》さま、室伏さんはあんたんとこなぞへ行きませんよ……」
「いいえ、来ます……ねえ、室伏さん、うちへ来るでしょう……」
「行かないよねえ、室伏さん……」
「は、はあ……それが、その……」
雄一郎は途方にくれた。
ちょうどそこへ、奥からみんなの声を聞きつけたのか、産婆が出て来た。
「おや、旦那さん、帰ったかね……奥さんが待ってるでよ、早く、赤ちゃんと対面しなさいよ……」
「はい、どうも有難う、すぐ行きます……」
まだ睨《にら》み合っているよし子と民子をそのままにして、雄一郎はそそくさと奥へはいって行った。
襖《ふすま》を開けると、有里がさすがに疲れた表情で布団に寝ていた。
「やア……」
雄一郎が言うと、
「お帰りなさい……」
嬉しそうに笑った。
「どうだ、くたびれたろう」
「ええ……でも、もう大丈夫……」
そう言う妻の顔が、なんだかいつもと違っているように雄一郎には思えた。
急にしっかりとして、大人っぽくなったようである。
(そうか、母親になったからだな……)
ようやくその謎《なぞ》がとけた。
「赤ん坊は?」
「こっちの部屋ですよ」
産婆が隣りの部屋との障子を開けた。
「あなたに似ているでしょう?」
有里が誇らしげに言った。
「とても元気がいいのよ」
「うん、うん……」
雄一郎はそっと赤ん坊をのぞき込んだ。
なるほど、赤ん坊というだけあって、顔も手足もずいぶん赤い。顔中|皺《しわ》だらけなのも奇妙である。
それにしても、なんというちっぽけな存在だろう。
そのちっぽけな手の指の先に、ちゃんと爪《つめ》が生えているのを見て、雄一郎は驚いた。
「へえ、こんなチビのくせに、ちゃんと爪まで生えてるんだなあ……指も十本ちゃんとある……」
「当り前ですよ、それが無かったら大変じゃないですか」
産婆が笑った。
「でも奥さんはよく頑張りました、褒《ほ》めておあげなさい……」
ヤカンの水を足しに台所へ行った。
「有里……ありがとう、俺が居なくてさぞ心細かったことだろう……ごめんな……」
「あなた……」
有里はちょっと含羞《はにか》んだように笑った。
「本当をいうと、あなたに傍に居てもらいたかったわ……心細かったの……口ではえらそうなこと言ってたけど……」
「有里……」
雄一郎はそっと妻の手をさぐった。
「赤ちゃん、可愛《かわい》い?」
「ああ……」
「男の子よ、名前考えて下さいね……」
「そうか、名前をつけるんだったな……」
「嫌な人……忘れてたのね」
「うっかりしてた……」
雄一郎は頭を掻《か》いた。
「いつまでにつけるんだ?」
「お七夜までよ」
「お七夜というと……?」
「あと六日よ」
「よし、とびきり上等の名前を考えてやるぞ……」
雄一郎はもう一度赤ん坊の顔を見た。
何が気に入らないのか、赤ん坊は赤い顔を一層赤くして、声を張り上げて泣きだした。
「ほんとに、元気な赤ん坊だなあ……」
雄一郎の胸の中に、満足感があふれて来た。しかし、
(俺もいよいよ父親だ……)
そう思うと、急にその責任の重さを感じて心配になった。
「有里、赤ん坊って妙なもんだなあ……」
「妙って、何が……」
「とにかく妙だよ……これが俺の子だって思うと、ほんとに変な気持がする……」
「まだ、慣れないからよ……」
有里はおかしそうに笑った。
「私も最初はなんだか変だったわ……でも、おっぱいを飲ませているうちに、この子は私の子なんだなって、しみじみ思ったの……」
「なるほど、そういうもんかもしれない……」
雄一郎は寝ている我が子の枕許に行って、そっと言った。
「おい、これからよろしく頼むよ……なにしろ俺も今日親父になったばっかしなんでな、お前も新米だが、俺も新米だ、大いにけっぱろうな……」
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