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旅路77

时间: 2019-12-30    进入日语论坛
核心提示:    2内には血盟団《けつめいだん》事件、五・一五事件、神兵隊事件、外には上海《シヤンハイ》事変、満州国《まんしゆうこ
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内には血盟団《けつめいだん》事件、五・一五事件、神兵隊事件、外には上海《シヤンハイ》事変、満州国《まんしゆうこく》誕生、ドイツのヒットラー内閣成立など昭和七、八年にかけて、日本の周辺もますますその慌しさを増して行った。
世界は一歩一歩、戦乱に向って歩みつづけていたのである。
この間、有里のまわりにも色々なことが起った。
瀬木奈津子の家出、中田加代の駈落《かけお》ち……、そして、雄一郎の姉はる子は遠いハワイに行ったままだった。
岡本良平と千枝のところには三番目の男児良太が生れ、尾鷲《おわせ》の中里の家には、長女啓子が誕生したという。大阪へ嫁入った姉の弘子は、夫が結婚する前から囲っていた女に子供が出来たことを知って、別れるの別れないのともめていた。
しかし、なにかと血なまぐさいニュースで埋められた昭和八年は、暮になって、国をあげての喜びにかわった。昭和八年十二月二十三日、午前八時三十九分、皇太子殿下御生誕のニュースである。
そして、それにあやかった形で、有里も二人目の子を身籠《みごも》った。
「あなた……」
有里は助役試験の受験勉強に余念のない雄一郎のところへお茶を持って行った。
「ウム……」
「ねえ、あなた……」
「なんだ……」
煩《うる》さそうに顔を上げた。
「馬鹿《ばか》、言えよ」
「馬鹿馬鹿って、今朝からもう十回目よ」
「馬鹿、そんなくだらんこと数える奴《やつ》があるか、馬鹿だな……」
「十一回目……」
「馬鹿……」
「十二回」
「バ……」
雄一郎は照れくささをかくすため、無理に顔をしかめた。
「下らんことばかり言って……俺《おれ》は勉強中なんだぞ……」
「ねえ、あなた……」
有里はちょっと眩《まぶ》しそうな眼つきをした。
「あたし……出来たらしいわ」
「何が?」
「なにがって……鈍いわね……赤ちゃんよ……」
「えッ……」
雄一郎は一瞬眼を瞠《みは》り、穴のあくほど有里を凝視した。そして、それはすぐ溢《あふ》れんばかりの笑顔になった。
「馬鹿ア……」
「十三回……」
「馬鹿、なんでそれを早く言わんのだ、医者へは行ったのか」
「まだだけど、間違いないわ、秀夫のときとそっくり同じですもん」
「そうか……」
雄一郎は嬉《うれ》しそうに何度も頷《うなず》いた。
「もう出来てもいい頃《ころ》だと思ってたよ、しかし、あんまり遅いのでちょっと心配してたんだ……秀夫の奴にも、なによりの贈物だよ」
それは有里も同感だった。
ずっと一人っ子で育った秀夫は、どうも大勢の兄弟たちの間でもまれた子供にくらべるとひ弱で、我儘《わがまま》だった。
それに兄弟のいるということは、将来、秀夫にもどんなに頼りになり、心強いことであろう。自分たちはともかく、秀夫にはなんとしても弟か妹を与えてやりたいというのが、かねてよりの二人の念願だったのだ。
しかし、二人目の子供が産れると知って張り切ったのは、やはり雄一郎だった。
近頃、ややもすると惰性《だせい》に流れがちだった勤務にも、新しい意欲が湧《わ》いた。あまりすすまなかった助役試験の受験勉強にも、俄《にわか》に熱がこもりだした。
産婆は診察のたびに、胎児が順調に発育していることを有里に告げた。
冬のあいだ中、外には雪が吹き荒れ、大地も河も凍りついてしまったが、雄一郎の家にはストーブの火が赤々と燃え、明るい笑声が絶えなかった。
春になって、紀州《きしゆう》尾鷲などにくらべると二か月近くも遅い桜の花がちらほら咲きはじめる頃になると、ようやく有里のお腹のふくらみが、人目にも立つようになってきた。
「今度は男かな女かな……秀夫はどっちだと思う?」
「僕は女がいいな、妹だったらうんと可愛《かわい》がってやるんだ」
父子《おやこ》して、まるで水瓜《すいか》の実の熟すのを待つようなことを言っている。
「二人とも暢気《のんき》なこと言ってるけど、私は重くて大変なのよ、ほんとに女は損だわ……」
有里がぼやくと、秀夫は本気になって、
「母さん、この次は僕がかわってあげるから、今度だけは我慢しなさいよ、ね、ね……」
と慰めた。
かと思うと、有里の顔をしげしげと見ながら、
「母さん、やっぱり今度産れる子は女だね」
もったいぶったことを言う。
「どうして?」
案外、子供の直感は当るのかもしれないなどと思いながらたずねると、
「だって、母さんの顔ちっとも変ってないもの、隣りの小母さんが言ってたけど、顔がきつくなったら男で、変らない時は女だってさ」
いとも真面目《まじめ》な顔で答えた。
きっと、隣近所での話題をそばでじっと聞いていたのであろう。
有里自身の都合としては、やっぱり今度も男の子が産れたほうが、秀夫のときの衣類やなにかがそっくりそのまま使えて具合がいいような気がした。
尾鷲の母にも手紙で知らせてやったので、わざわざ腹帯を紀州から送って寄越した。太陽は明るさを増し、野山の緑が燃えたつようではあったが、まだ天候は変りやすい。朝のうち、うらうらと晴れわたっていた空に一陣の風が吹き起ったと思う間もなく、たちまち激しい春の嵐《あらし》が吹き荒《す》さぶ。
その日雄一郎の家を襲った出来事は、ちょうどそんな突風のようなものだった。
雄一郎はちょうど夜行列車に乗務する日で、玄関まで見送りに出た有里に、
「どうせ帰りは明日の朝だ、今夜は針仕事などせんで早く寝ろ、普通の体ではないのだから、冷えんように充分気をつけてな……」
いつものように注意を与えて出掛けて行った。
有里は夫に言われたように、その夜は早目に戸締りをして床についた。
それからどのくらい睡《ねむ》ったのだろう、ふと、表の方で人の叫び声を聞いたような気がして目を覚ました。
(夢だったのかしら……)
しかし、今度はもっとはっきりと人の走る足音や、けたたましい叫び声などが聞えた。
「火事だ! 火事だア!」
有里は咄嗟《とつさ》にとび起きて、外の様子を見に玄関の戸をあけた。すぐ眼の前を人が走り抜けた。夜だというのに、なんだかひどく明るいようだった。
「ねえ、室伏さん、大変だよ」
隣りの岡井よし子が大きな荷物を肩にしょって、有里の前に立ちはだかった。
「裏の工場が火事なんだと……早く秀夫ちゃんを連れて逃げんと……愚図愚図してると焼け死んでしまうよ」
「は、はい……」
有里は再び家の中へ駆け戻った。
秀夫を起し、仏壇の位牌《いはい》と貯金通帳、それに僅《わず》かばかりの身の回り品を風呂敷《ふろしき》に包んで外へ出た。
春とはいえ、夜はまだかなり寒い。
しかし、有里はそんなことはまるで感じなかった。外へ出てふりかえると、家の屋根の上に高く焔《ほのお》や火の粉が舞い上り、いまにもこちらの軒に火が移りそうな情勢だった。
「水だ、水だ……」
近くで誰《だれ》かが怒鳴った。
「バケツ、バケツ……」
そのとき、ようやく半鐘が鳴りだした。
有里は秀夫を安全な場所へ移すと、もう一度家へとってかえした。雄一郎の大事な書類を入れた鞄《かばん》や鼈甲《べつこう》の簪《かんざし》などがまだそのままだった。
家の中へ入ろうとしたとき、
「奥さん、まだこんな所に居たの……」
岡井よし子に呼びとめられた。
「バケツが足りないんだよ、有ったらちょっと貸してちょうだい」
よし子は消火に協力しているらしく、どこからか借り集めてきたらしいバケツを両手にぶら下げていた。
「とにかく、火がこっちへ来ないように家に水をぶっかけるんだよ」
「私も行きます」
「そうかい、すまないねえ……」
有里は自分の体のことも忘れて、よし子の後から走り出していた。
火は明け方ちかくになってようやく消えた。
バケツリレーに活躍した有里は、秀夫の手を引きへとへとになって家へ帰った。
しばらくすると、よし子がおむすびを五つほど皿に入れて持って来た。
「御苦労さん、炊きだしだよ……秀夫ちゃん、さあお上り……」
「うん」
秀夫はすぐ手をのばした。
「ほんとに、ボヤですんだからいいようなものだがね、貰《もら》い火で焼け出されでもしてごらん、泣くにも泣けんわね……」
よし子に相槌《あいづち》をうっているうちに、有里は下腹部にはげしい痛みをおぼえた。
「母ちゃん、末雄が泣いとるぞ」
三郎が母を呼びにやって来た。
「はいよ、子供も泣くべさ、夜なかの火事さわぎだもんね……」
よし子が出て行きかけた時、有里は遂に耐えきれずにうめき声をあげて突っ伏した。まるで、はらわたを抉《えぐ》られるような痛みだった。
「母さん……」
「有里さん……」
秀夫が有里にしがみつき、よし子が驚いて駆け寄った。
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