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旅路78

时间: 2019-12-30    进入日语论坛
核心提示:    3腹痛の原因は、やはり心配したように流産だった。昨夜の火事騒ぎがいけなかったのだ。有里は流産と知ると、すぐ、「岡
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    3

腹痛の原因は、やはり心配したように流産だった。
昨夜の火事騒ぎがいけなかったのだ。
有里は流産と知ると、すぐ、
「岡井さん、主人に……主人には知らせないでください、知らせないで……」
よし子に言った。
「したって、あんた……」
「知らせないでください……主人が帰るまで……絶対に知らせないで……」
「落着いて……落着いて、奥さん、さもないと出血がひどくなりますから……」
医師が更に鎮静剤の注射をしなければならないほど、有里は執拗《しつよう》にそのこと繰返し続けた。
流産の苦痛と悲しみのどん底で有里の心をとらえたのは、かつて塩谷《しおや》時代、関根重彦の妻の流産が危機一髪の事故の遠因になったということであった。
夫に、関根重彦の二の舞をさせてはならない、有里はそのことだけを必死に叫び、やがて深い昏睡《こんすい》におちいった。
雄一郎は翌朝、乗務を終えて帰宅してから火事騒ぎと妻の流産を知った。
雄一郎が有里の寝かされている部屋へ行ってみると、有里はよく睡《ねむ》っていた。昨日まではあんなに血色もよく、産婆からも順調だと言われて喜んでいたのに、人間の幸福のあまりの脆《もろ》さに暗澹《あんたん》とするばかりだった。
部屋の隅に、有里が縫いかけていた赤ん坊の着物が置いてあった。
それを見ているうちに、雄一郎は思わず眼頭を熱くした。
(有里、どんなにつらかったことだろうなあ……それなのにお前は俺のことを心配してくれたんだってなあ……ありがとう、ありがとう……)
雄一郎は、妻の少しやつれた寝顔に向って頭を下げた。
(したが、俺は大丈夫だ……お前のその気持にたいしても絶対にくじけやせん……いいか有里、俺たちさえしっかりしておりさえしたら、どんな不幸な目にあっても大丈夫なんだ、負けないんだよ……)
しかし、有里に寝つかれて、雄一郎はさし当っての生活に困った。隣りの岡井よし子は相変らずよくやってくれるが、かといってそう何からなにまで甘えているわけには行かない。
いっそ手伝いの婆さんでも探そうかと思っているところへ、小樽《おたる》から去年生れたばかりの良太を背負って千枝がひょっこりやって来た。
「しばらく手伝いに来てやったんだよ、兄ちゃんはうちの人と違ってなんにも出来んから、有里姉さんも安心して寝とられんだろうと思ってね……」
早速、病人の世話から食事、洗濯など甲斐甲斐《かいがい》しくしはじめた。
「有里姉さんにはいつもお世話になってるから、こんな時にご恩返しをしないと……」
と言う。雄一郎は初めて、有里が月々|僅《わず》かながら千枝の所へ金を送っていることを知った。
千枝のところは子供も多く、それに最近、良平の遠縁に当る機関手志望の少年が、福井《ふくい》からわざわざやって来て、半ば強引に居候として住み込んでしまったため、どうにも家計のやりくりがつかない状態だったのだという。
「へえ、そうだったのか……」
雄一郎は、有里が自分の本当の妹でもない千枝にもそれほどまで心を配っていてくれたのかと、あらためて頭の下る思いがした。
千枝は、雪子、辨吉の二人の子供は坂井正作というその居候がよく面倒をみてくれるからといって、一週間ほども釧路《くしろ》に留ってから帰って行った。帰りぎわに雄一郎に向い、
「早く助役さんになって姉さんを喜ばしてやらんといかんよ……折角できた子供をなくしてしまって、姉さん可哀《かわい》そうだもん……兄ちゃん、うんとけっぱって姉さんを喜ばしてやるんだよ、なくなった子の供養にもなるからね……」
と言った。
「ほう、驚いたな、お前がそったらこと言うようになるとはなあ……雷でも鳴るんでないのか……」
雄一郎は笑ったが、しかし、ただ口先で笑いとばしてしまうことは出来なかった。このところずっと、彼も千枝と同じことを考えていたからである。
千枝の言葉に刺戟《しげき》されたからでもないだろうが、雄一郎はこの年の助役試験に見事合格した。
講習期間を終えると、いよいよ釧路駅の予備助役として勤務するようにとの辞令がおりた。
初出勤の朝、有里は赤飯を炊き、小さいながら尾頭《おかしら》つきの鯛《たい》で雄一郎の門出を祝った。
秀夫は赤い帯の入った帽子が魅力らしく、雄一郎にかぶらせたり、自分でかぶってみたりしてはしゃいでいた。
「じゃ、行ってくるぞ……」
帽子をかぶり直し胸を張って有里と秀夫に手を振った。
「行ってらっしゃい……」
有里がまぶしそうに雄一郎を見上げた。
もうすっかり健康を回復しているはずだったが、肌の色艶《いろつや》はまだ完全ではなかった。
雄一郎は、ふと、有里が涙ぐんでいるのをみつけて胸をつかれた。
有里が夫の出世を喜んでいることはもちろんだが、その背後にある赤ん坊を失ったことへの哀《かな》しみの深さを雄一郎は見たと思った。
(哀しみが深かったからこそ、今度のこの喜びも大きいのだ……)
雄一郎はやさしく有里を見つめた。
「じゃ、行ってくる、お前もあんまり無理をするなよ、まだ体が本当じゃないんだから……」
「あなたも、お気をつけて……」
「父さん、今日はいい日なんだから、お土産《みやげ》ね……」
秀夫が要領のいい註文《ちゆうもん》を出した。
「こいつ、ちゃっかりしてるな」
雄一郎と有里は思わず顔を見合せて笑いだした。笑いながら、雄一郎は助役となった喜びの本当の意味を胸の中でしっかりと噛《か》みしめていた。
その日の夜、勤務の終ったあとで雄一郎は有里と秀夫を連れ、町の写真館で記念の撮影をした。これは雄一郎の思いつきというよりは、むしろ有里の強い希望で、雄一郎の助役姿を一目、ハワイに居るはる子に見せてやりたいというのだった。
ハワイのはる子からはその後、年に四、五回は手紙が来た。
最初のうちは日本が懐しいのか感傷的な文面が多かったが、そのうちハワイの気候風土の素晴らしさを述べ、出来たらこちらに永住したいなどと言ってくるようになった。
伊東栄吉との問題がその後どうなったのか、雄一郎としても一番気になることだったが、いくら問い合せても返事にはその点について一行も触れられていなかった。白鳥舎の女主人は、はる子と弟を一緒にしたがっているらしいという話を、いつか誰《だれ》からか聞いたような気がしたが、別にその縁談が進んでいる様子もなさそうだった。
たしか白鳥舎の女主人の弟とはる子の縁談のことを聞いたとき、伊東栄吉が故尾形清隆の娘和子と一緒になったという話も聞いたのだが、真偽のほどはわからない。いずれにしても、はる子がハワイへ行ってしまってもうかなりになるので、伊東が結婚してしまっただろうことは容易に想像された。
雄一郎にしても有里にしても、はる子や伊東栄吉の気持がどうしても理解できなかった。遠い北海道から、ただやきもきと見守るばかりであった。
雄一郎の助役姿を囲んで、親子三人の記念写真が出来上る頃《ころ》、雄一郎はリュックサックに米、味噌《みそ》、醤油《しようゆ》から鍋《なべ》までつめて、釧路と網走《あばしり》のちょうど中間くらいにある美留和《びるわ》駅に、予備助役として派遣されることになった。
美留和駅は摩周湖《ましゆうこ》、屈斜路湖《くつしやろこ》などにほど近い簡易駅で、居るのは駅長だけ、他の駅員は無しというような小さな駅だった。
この美留和駅のような簡易駅は北海道各線にかなり多く、駅長が一人で出札から改札、手小荷物の受付、通票の受け渡し、運輸事務所への連絡と、なにからなにまでやってのける。そして、こうした小駅には、釧路などのような近くの主要駅から予備助役がまわって来て、仕事を手伝うことになっていた。もちろん家から通うことは出来ないので、リュックサックに一週間分くらいの食料をつめこんで行くのである。
美留和駅の駅長は五十歳くらいになる、好人物の野尻という鉄道員だったが、歌が好きで、このころ盛んに歌われていた『我らが愛する北海道』というのを、いつも渋い声でうたいながら仕事をしていた。
※[#歌記号]十一州のしずめなる スタクカムシュペの峰高く
われらが心を現わして、国の中央《もなか》にそびえたり……
しかし、乗客の数も少く、手小荷物もめったにないうえ急行も止らないので、仕事は駅務より水くみ薪割《まきわ》りなどのほうが多いくらいだった。
そんな頃の或《あ》る日、良平が雄一郎のところへ妙な情報を持って来た。
先日、乗務を終えた良平が函館《はこだて》駅のホームを歩いていると、ばったり背広服姿の伊東栄吉に出逢《であ》ったのだという。
「いやあ、ずいぶん久しぶりだね……伊東さんはなして北海道さ来たのかね」
公務ではなさそうなので、良平は聴いてみた。
「うん、少々まとまって休暇がとれたんでね、急に思い立ってやって来たんだ」
「そうかね……したが、嫁さんは……一緒ではねえだかね」
「嫁さん?」
「あれ、結婚したんでねえのかね、雄一郎兄さんが、そったら話をしとったがね……」
「いや、結婚はまだしとらんよ」
「それじゃ、結婚したってのはただの噂《うわさ》かね」
「だろうね、身に覚えのないことだから……」
「そりゃそりゃ……で、これからどこさ行くのかね」
「別にあてはないんだが、まあ、小樽《おたる》へ寄って、それからどこか温泉へでも行くさ」
「釧路に雄一郎さんが居るが、寄ってかねえかね」
「釧路……そうさな……」
伊東はちょっと考え込む様子だったが、
「止そう……今は逢っても仕方がないだろう……よろしく言っていたと伝えてくれたまえ」
と言って、足早に去って行ったということだった。
「したら、伊東さんはまだ結婚なさっていらっしゃらなかったんでしょうか」
傍《そば》で聞いていた有里が、息をはずませるようにして言った。
「たしかに、そう言ってたよ」
「じゃあ、尾形さんのお嬢さんと結婚したんじゃなかったんだな……」
雄一郎もうなった。
「早速ハワイに知らせてやったほうがいいな」
「そうですよ、もしそうなら、一刻も早く知らせてあげなくちゃ……」
有里は急にそわそわしはじめた。
「良平さん、伊東さんはどこの温泉へ行くと言ってたの、もしかしたら、まだそこに滞在しているかもしれないわ」
「さあ……それはうっかり聴かなかったな……なにしろホームですれ違っただけだで」
良平は頭をかいた。
「こんなことなら、首に縄をつけても引っ張って来るんだった」
「まあいいさ、とにかく姉さんに伊東さんのことを知らせてやろう」
「南部駅長さんにも両方のことをくわしくお知らせしておいたら……きっとうまく取り計らってくださると思うのだけれど……」
「うん、そうしよう」
雄一郎は強く頷《うなず》いた。
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