いきなり私事を書かせてもらうが、父は病床で、
「くやしい」
と言って死んだ。うわごとのように「やり残したことがある」と呟いて死んでいった。
八十九歳だった。弔問にきてくれた方は、
「トシに不足はないですね」
と言ったけれど、さて、どんなものか。
いまさら父がやり残したことが何であるかは知る由もないが、父の胸中を思うと「トシに不足はない」という言葉は、慰めにならない。ホント、父は何をやりたかったのだろう?
「病上手に死に下手」
ということわざもある。人間は誰でも、病にかかるのは上手だが、死ぬのは下手なんじゃなかろうか。
人生八十年——
ある人から、
「八十年健康に生き、八日患って死ねたら幸せだ」
ということを聞いた。生涯を健康に生きるのも結構だが、健康のまま死んでしまうと、ものの哀れを知らずに終わることになる。そのためには、
「八日間ぐらいは病気になるのもよかろう」
というのである。
「それ以上患うと、周囲に迷惑をかけるから、ね」
人生、そんなにうまくいくものか、どうか。