私は人生に何の目的も持っていない女であるが、これだけは何とかしたい、と思っていることに「語学の修得」がある。毎年四月に新しくNHKの英語会話の講座が始まると、「よし、今年こそはガンバルぞ!」と、カセットテープやテキストを買いこむ。フランス語にも手を出した。そして今年はスペインに行って、みごとにスペインかぶれしたため、スペイン語のテキストやテープまで買いこんで、それなりに努力はしているのだが、今のところ何の役にもたってない。二兎を追うどころか、三兎を追ってすべてを取り逃がしているのである。
考えてみれば、中・高・大と英語は十年間、フランス語は大学のときの第一外国語だったので、英語よりもみっちりやらされたが、習ったことはすべて頭の中をみごとに通過している。これだけやれば、ペラペラとまではいかなくとも、ペラぐらいは喋れたっていいじゃないか、と自分に対してムカッとするのである。
私の友だちの母上は、英語のテキストを丸暗記しようとつとめ、外国人の客が来るわけでもないのに、ここ十年間ずーっと「プリーズ・テイク・オフ・ユア・コート」のフレーズから抜け出られず、ブツブツと念仏のように唱え続けている。まじめな完璧主義なので、ひとつのフレーズが覚えられるまで次に進まない。歳をとってますます物覚えが悪くなってきたために、友人は「きっと母親の英語の修得は、プリーズ・テイク・オフ・ユア・コートで終わりであろう」と、冷たく判断を下しているのである。