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撫で肩ときどき怒り肩94

时间: 2020-02-09    进入日语论坛
核心提示:私たちがありながら 私は自分の想いが、かなわぬこととわかると、この事実を忘れよう、忘れようとつとめ、きっとそのうち、もっ
(单词翻译:双击或拖选)
私たちがありながら
 私は自分の想いが、かなわぬこととわかると、この事実を忘れよう、忘れようとつとめ、きっとそのうち、もっといいのが出てくるに違いない、と自分自身にいいきかせた。
ところが、今の女の子の行動は、全く違っていた。ふられた女の子たちは、一致団結し、「私たちという、同じクラスの女がありながら、隣りのクラスの女を好きになるなんて、許せない」と、ヒステリックに泣きわめき、「彼ときちんと話し合える場を作ってくれ」と、担任の若い男の先生に直訴した、というのである。いわれた先生は、ただオロオロするばかりで、仕方なく、惚《ほ》れられた女の子の担任である、私の知り合いの先生も、一緒にその事件にかかわることになってしまった。
先生二人と、惚れた男を前にして、彼女たちは、「隣りのクラスの女の子のところばかりいかないで、少しは私たちとも遊んで下さい」と、たのんだ。担任が、「キミ、どうするかね」とたずねると、その男の子は「ボクも悪かった。これからは君たちとも遊びます」と、平然と答えたというのである。先生たちもホッとし、これで一件落着かと思いきや、また一騒動が起こった。この事件の直後に行なわれた移動教室で、夜中に彼女たちが彼のいる部屋に集団でおしかけ、彼のパンツを脱がしてイタズラした、というのである。
「もう、私、頭が痛いわよ」
と、担任の彼女は嘆いていたが、私もこの話をきいて、おかしいやらビックリするやらで、複雑な気持ちになった。
いったい彼らは、どういう思考回路をもっているのか、と、テレビ朝日で木曜日に放送されている「鶴太郎の大人によくないテレビ」を観てみたら、これは子供向け夕やけニャンニャンみたいな番組だった。夕やけニャンニャンの司会ぶりをかわれた片岡鶴太郎と、オールナイト・フジの司会ぶりをかわれた松本伊代ちゃんが、ただスタジオに素人を集めてワイワイやるという番組に、慣れているだろう、というだけで、つれてこられたというかんじがする。
私はもともと子供が嫌いだから、スタジオにあれだけの人数の子供がいて、ワイワイ、キャーキャーやられたら、すぐ気分が悪くなってしまうが、鶴太郎はその点、ソツなく子供たちと応対している。しかし、伊代ちゃんのほうは、いまひとつ対処のしかたがわからず、マイクを持っていても、腰が逃げているのが、おかしい。
秋のスーパースポーツシリーズ第3弾というタイトルで、男の子五人で争われる「ティッシュ早どりレース」、十九歳のお姉さんの彼氏を捜す「恋人あてクイズ」。ミス読売ランドに、どの女の子が選ばれるかを子供たちが予想したものの、予想がハズれてムッとしたのか、ミスに選ばれた女の子のVTRを観て、
「あんなデブより、あっちの女の子のほうがいいよぉ」
とわめき散らす始末。ひとつところに火がつくと、あっというまに燃え広がる冬場の山火事みたいな騒ぎで、「まあ、元気でいいこと」などと、おおらかな気持ちで子供を見ることができない私は、「あー、うるさい、うるさい」、とチャンネルを回してしまった。
いくら仕事とはいえ、子供の相手をする鶴太郎と伊代ちゃんには、私が絶対できないことをしているという点で頭が下がる。この番組をみて、「やっぱり私は、子供が嫌いなんだ」と、再確認したのであった。
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