自称をフルベという人々は、西アフリカ、サハラ砂漠の南縁部にひろがるサヘル地域一帯を生活域にしています。その総数は七百万人をこすとみられ、多くは雨季の天水を利用した農耕も行いますが、牛を中心にした牧畜を生活の基盤にしています。
フルベ族の最大の特質は、いわゆる黒人アフリカに住みながら、黒人諸族とは系統を異にすることです。肌色は赤褐色で、鼻や唇の形も黒人とは異なり、言葉も違います。
この話を採録したのは、アフリカ大陸の最西端に位置する国セネガルに住むフルベ族社会ですが、そこでも、人々は、自分たちは黒人とは違うという意識を強く持っています。その意識は、たとえばフルベ族が自分たちに独自のものとする行動規範にもあらわれています。つまり、日々の行動においてもほかの黒人諸族との差異を強調するのです。彼らの社会は全体にある種の緊張が感じられるのですが、そういった中でこの種の話が語られるということは、興味深いといえましょう。
この話自体は一九七四年、初めてフルベ社会を訪れた時、セネガル中央部のジョロフとよばれる地域内のある村で採録したものです。夜の語りの席で、子供や青年たちが動物を主人公にした話を多く語ってくれた後、三十歳くらいの男が声を低めて、マイクに語りかけるようにして、話しました。その後、老人たちがこの種の話を子供たちのいる前でするべきではないといっていたのが、印象に残っています。