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孤独のとなり30

时间: 2020-02-23    进入日语论坛
核心提示:「小さなことでしょうか」八田勝三という方が、二年前の昭和五十二年に堺で亡くなられた。この方は、「人のために尽くしても、そ
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「小さなことでしょうか」

八田勝三という方が、二年前の昭和五十二年に堺で亡くなられた。この方は、
「人のために尽くしても、その報いを求めず、人に喜ばれ、人に迷惑をかけずに終わりたい」
という信条をもって、その一生をつらぬき通したという。千人もの会葬者があったというから、多くの人に愛された方であったことが想像される。そしてその徳を慕う人々によって、一冊の本が生まれた。「むくいをのぞまで」という本である。
この題名は、多分讃美歌五三六番の「報いを望まで、人に与えよ」の歌詞から取ったのでもあろうか。
私はその序文の中の、次の一節を読んでひどく心を打たれた。
〈告別式の際の、この夫人の素朴《そぼく》簡潔な挨拶《あいさつ》の中で、「夫が人様の悪口をいうのを生涯《しようがい》に一度も聞いたことがなかった」といわれたのが心に残っている〉
という一節である。「人様の悪口をいうのを生涯に一度も聞いたことがなかった」という言葉は、まことに短い。この短い言葉の中に、八田勝三氏の一生のあり方が、実に明確に現われているのではないかと思う。
私はこの夫妻が、何年間結婚生活を送ったのかを調べてみた。何と昭和四年三月から、五十二年十一月七日に至るまで、実に四十八年有余の長い結婚生活であった。言ってみれば、ほとんど五十年の結婚生活に、この八田氏は妻にさえ、一度も人の悪口を言って聞かせたことがなかったのである。
私は正直の話、頭を一撃されたような感動を覚えた。私たちは、幼い時から今に至るまで、どれほど人の悪口を言って生きてきたことだろう。子供の頃、私はよく、
「舌先三寸で人を殺す」
という言葉を聞かされて育った。にもかかわらず、私は自分のこの舌をもって、どれほど多くの人を傷つけてきたことかと、この八田氏の前に反省せずにはおれないのである。
ところで私たち人間は、誰しも、ただの一度も人の心を傷つけずに生きてきた人はいないと思う。いや、中には、初めから人を傷つけることを目的に、あらぬ噂《うわさ》をでっち上げ、口で言いふらし、活字に書いてまきちらす……ということもあるのではないか。
私たちは殺人を大いなる罪だとわきまえている。だが人の心を傷つけること、二度と立ち上がることもできぬほどに精神的に痛めつけることが、ある時は殺人以上に重い罪であることを、意外に知ってはいない。もし知っているなら、こうもこの世に悪口やデマが氾濫《はんらん》しないであろう。
聖書には「そしってはならない」という誡《いまし》めが幾度となく出てくる。クリスチャンである信者自身でさえ、それがどんなに大きな言葉であるかを受けとめている人は少ない。だが八田勝三氏は、その誡めを一生守り通したクリスチャンであった。
酒を飲まずに一生を過ごす人は少なくないかも知れない。煙草を喫まずに世を終える人も、珍しくないかも知れない。だが、人の悪口を言わずに一生をつらぬくということは、これはもう奇蹟《きせき》的な人格ではないだろうか。
そんなことを思っている矢先、「主婦の祈り」という小冊子を読んだ。ジョーカーという婦人と、エモジン・ソーレーという婦人の共著である。その中に次のような祈りがあった。
〈……それに主《しゆ》(神)よ。もう一つの罪はうわさ話です。
思いやりのないことを言い広めるのは、小さなことでしょうか。他人のよい評判や、名誉を傷つけることが……。もしわたしの話が、好奇心をそそるだけのものであったり、優越感を得るものでしかなかった場合、それがたとえ本当の話であったにせよ、不親切な言葉をまきちらすことは罪なのです。
ゆるしてください主よ、これらのくだらないしぐさを。ゆるしてください、わたしの罪を……〉
素直な、そして心のこまやかな祈りである。この祈りの前に、自分を恥じる人は幸いである。特に、「思いやりのないことを言い広めるのは小さなことでしょうか」という厳しい姿勢に、私たちは打たれねばならぬと思う。
「日本人は悪口が好きだ。日本人を働かせるには、人の悪口を聞かせるがよい」
と、書いた外国人の言葉を私は覚えている。私たち日本人は、そんなにも下劣な人間なのだろうか。それはともかく、人の悪口や、くだらぬ噂をまきちらすたびに、私たちは人を傷つけると共に、自分自身の品位を傷つけ、見下げた人間に自らを貶《おと》しめていることだけは、まちがいないようである。
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