再び重右衛門日記
六月二十五日
故里《くに》にあらば、暑さ耐《た》え難き頃《ころ》なるに、船少し北に流れいるや、程《ほど》よき暑さなり。裸にてもよし。薄き物着てもよし、凌《しの》ぎよき気候なり。故里を出でて、早|八月《やつき》を過ぎたり。さるにても何と広き大海原《おおうなばら》ぞ。八月漂いても、島影も鳥影も見えず。船影さえも見えず。この海原の果てに、果たして陸《おか》ありや。陸ありとしても、そこに辿《たど》りつくまで、生きの命のありやなしや。夢に現《うつつ》に、親兄弟、女房、子供の現れぬ日なし。恋しとも恋し。利七、この幾日か、いたく穏やかなり。正気《しようき》づきたるか。