再び重右衛門日記
六月二十七日
利七の綱、辰蔵ほどきやりたり。利七喜びて辰蔵に礼言う。今日も西風なり。いかなるわけにや、今日は飛《と》び魚《うお》低く飛ぶ。
岩松、今日も久吉音吉に、字を教えたり。和紙は食らうほどに積みあれば、勝手に使わしむ。岩松の教うるを聞けば、甚《はなは》だおもしろし。日と言う字を書きて、読み得るやと二人に聞く。二人はひ[#「ひ」に傍点]と答う。月を書きて再び読み得るかと聞く。二人つき[#「つき」に傍点]と答う。明と書けば二人読めず。日と月と共に出ずれば明るかるべし、これ明るしと読む。二人手を打ち叩《たた》きて感心す。日を書き、その下に生と書きて、星は日より生まれしものぞと教う。二人打ちうなずきて喜ぶ。それを眺《なが》めていて、常治郎笑う。この大海にいて、誰に文《ふみ》を書かんとて字を習うや。久吉音吉顔を見合わせたり。常治郎かく言うはいつものことなり。