セキヤノアキチョウジ
裏富士の月夜の空を黄金蟲
飯田龍太
JRの『EAST』の一九九一年一月号の「新・富獄百景」に飯田龍太氏が「甲州から富士を見る」という随筆を書き、「裏富士には個性がある。そのなかに日本人の微妙な美意識が秘められているのだ」とされたあとでひかれた自作の句である。
黒富士は茅ケ岳のすぐ北東に曲岳とつづいて、一五二〇メートルの高さを持つ、円錐形の富士に似た山である。中央線の窓からは、茅ケ岳の右肩に熔岩円頂丘の曲岳の一六四二メートルが前に立ちふさがってよく見えない。しかし、韮崎から亀谷川の谷をつめて茅ケ岳東麓の観音峠の一四〇〇メートルで車を下りれば、道路の左側に茅ケ岳と相対して曲岳、その鞍部から黒富士が見え、二つにつづけて登って下りて、五時間もあれば十分である。
黒富士の名は、山頂が深い針葉樹林のくろぐろとした緑に被われているからだという。
富士は五合目以上が熔岩の荒い肌で被われているのに対しての山名かもしれないが、「黒富士一五二〇メートル」という杭だけが一本たっている頂上は、人間が何人も立てないような狭い平地で、深い緑の枝の上に空がひろがり、天を突くように空に向かってのびる鋭い針葉樹の穂先の波から、はるかに望む裏富士の山容は、駿河側から見る表富士より、はるかにきびしい山容を示していた。
曲岳も、岩場が多くてもおもしろい山だが、黒富士は、北側の山腹にミズナラ、コナラ、カエデ類が多く、茅ケ岳などよりはるかに山の花がいっぱいあって、あまり人が訪れていないことを知らせてくれるのがうれしい。登ったのは九月のはじめで、マムシの出没をおそれたが、登り下りのヤブコギの中でも出あわなかったので、これもうれしかった。花はシモツケソウ、アオヤギソウ、クモキリソウ、ヤマラッキョウ、ノコギリソウ、オヤマリンドウ、ヨツバシオガマ、フシグロセンノウ、ヤグルマソウ、ソバナ、アキチョウジなど。なお、黒富士の東南には帯那山、小楢山と、これも花の多い山がつづく。
飯田龍太
JRの『EAST』の一九九一年一月号の「新・富獄百景」に飯田龍太氏が「甲州から富士を見る」という随筆を書き、「裏富士には個性がある。そのなかに日本人の微妙な美意識が秘められているのだ」とされたあとでひかれた自作の句である。
黒富士は茅ケ岳のすぐ北東に曲岳とつづいて、一五二〇メートルの高さを持つ、円錐形の富士に似た山である。中央線の窓からは、茅ケ岳の右肩に熔岩円頂丘の曲岳の一六四二メートルが前に立ちふさがってよく見えない。しかし、韮崎から亀谷川の谷をつめて茅ケ岳東麓の観音峠の一四〇〇メートルで車を下りれば、道路の左側に茅ケ岳と相対して曲岳、その鞍部から黒富士が見え、二つにつづけて登って下りて、五時間もあれば十分である。
黒富士の名は、山頂が深い針葉樹林のくろぐろとした緑に被われているからだという。
富士は五合目以上が熔岩の荒い肌で被われているのに対しての山名かもしれないが、「黒富士一五二〇メートル」という杭だけが一本たっている頂上は、人間が何人も立てないような狭い平地で、深い緑の枝の上に空がひろがり、天を突くように空に向かってのびる鋭い針葉樹の穂先の波から、はるかに望む裏富士の山容は、駿河側から見る表富士より、はるかにきびしい山容を示していた。
曲岳も、岩場が多くてもおもしろい山だが、黒富士は、北側の山腹にミズナラ、コナラ、カエデ類が多く、茅ケ岳などよりはるかに山の花がいっぱいあって、あまり人が訪れていないことを知らせてくれるのがうれしい。登ったのは九月のはじめで、マムシの出没をおそれたが、登り下りのヤブコギの中でも出あわなかったので、これもうれしかった。花はシモツケソウ、アオヤギソウ、クモキリソウ、ヤマラッキョウ、ノコギリソウ、オヤマリンドウ、ヨツバシオガマ、フシグロセンノウ、ヤグルマソウ、ソバナ、アキチョウジなど。なお、黒富士の東南には帯那山、小楢山と、これも花の多い山がつづく。