一六世紀フランス、大貴族のコンデ公の妃が、若くして原因不明の病気で急死した。妃の侍女として仕えていた美しいルイーズは、ある日一人で森のなかを散歩していた。すると、赤ん坊を抱いたみすぼらしい女に出会った。
可哀相に思ったルイーズがお金をめぐんでやると、女は涙を流して喜び、お礼にと、大切そうにはめていた指輪をはずして彼女にくれた。
「これは不思議な指輪です。これを身につければ、きっとあなたは幸福になれますよ」
ルイーズは迷信深いほうではなかったが、それでも女のいうとおり、指輪を身につけるようになった。すると不思議なことに主君のコンデ公が、それまで見向きしなかった彼女に、急にやさしい素振りをみせはじめたのだ。そしてある日とうとう、プロポーズまでしてきたのには、ルイーズ自身も信じられない思いだった。
こうして一介の侍女に過ぎなかったルイーズは、晴れてコンデ公と結婚することになった。身にあまる幸運にしばらくは酔いごこちだったが、夫のコンデ公はほとんど戦争に狩りだされ、シャンティーの城に一人残されたルイーズは、しだいに寂しくふさぎこむようになった。
ある日ルイーズは、叔母のローランスといっしょに、近くの森に散歩に出かけた。そのとき、向こうの木陰に立っている一人の男に気づいたルイーズは、ハッと息を飲んだ。
「ちょっと叔母さま、ここで待っていて下さいな」
そういってルイーズは男に近づいていき、しばらく立ち話をした。男が去ったあと、叔母は急いでルイーズに駆けよっていった。あまりに真っ青な顔をしていたからだ。けれどいくら問いただしても、ルイーズは、「大丈夫よ。心配なさらないで」と、さびしげに首をふるだけだった。
数日後、例の男が今度は城をたずねてきた。それを聞くとルイーズはガタガタ震えだしたが、やがて我にかえると、侍女たちに自分が呼ぶまでは決して入ってこないようにと命じて、男を待たせてある部屋に入っていった。
しばらくして、男が先に部屋から出てきて、帰っていった。しかしルイーズのほうはいつまでも出てこないので、心配になった侍女たちがドアを叩くと、なかから鍵《かぎ》がかかっており、何の返事もない。急いで男たちがドアをぶち破ってみると、彼らを迎えたのはゾッとするような光景だった。
なんとルイーズは恐ろしい苦悶の表情を浮かべ、体は奇怪なかたちにねじ曲げられ、恐ろしい死にざまでいきたえていたのだ。苦しみのあまり胸を爪でかきむしったらしく、まっ白な肌が血まみれになっていた。
死因は、ついに分からずじまいだった。例の男を探して八方に兵士が遣わされたが、行方も分からなかった。叔母のローランスは二十三歳の若さで死んでいった姪《めい》の死を嘆き悲しみ、形見にするつもりで、ルイーズの指にはめられていた指輪をはずして、自分のものにした。
ローランスは、献身的に義理の甥《おい》であるコンデ公の世話をした。妻を失って身も世もなく嘆き悲しんでいたコンデ公は、しばらくすると、なぜか急にローランスに好意を示すようになった。
そしてあげくのはては、ルイーズが死んでまだ三カ月もたっていないのに、いきなりローランスにプロポーズしたのである。夢のような申し出に、ローランスはとまどうばかりだった。
彼女はお世辞にも美人ではなかったし、財産も地位もなく、これという魅力は何もない。フランスでも一、二の大貴族であるコンデ公から、たって妃にと望まれるような理由は、何一つみあたらないのだ。
そのときローランスの頭に、あることがひらめいた。もしかしたらルイーズの指輪のせいではないだろうか? しかしそんなことを友達に打ち明けても、「そんなバカな……」と大笑いされるだけだった。
けれど不安になったローランスは、ある日思い切って、あの指輪をはずして、川に投げ捨ててしまったのだ。まもなく、彼女の危惧《きぐ》は図星だったことが分かった。
このときローマ法王に彼女との結婚許可を求めていたコンデ公は、法王の使者が辞去するなり、この結婚は中止だと叫んだ。あっけにとられた法王は激怒し、バカなことを言わないで即刻、結婚式を挙げるようにと厳命した。
結局、一六〇一年四月、かろうじて結婚式だけは行なわれたが、ローランスは花嫁衣装もぬがないうちに、夫から「お前の顔など見たくない。すぐここから出ていけ」と命じられ、シャンティーの城を追いはらわれたのだ。
かくてあわれなローランスは、悲しみのあまり気が狂ったまま、さらに四十年を生きたという。