ドイツのエレンフェルズの城主が、ある日突然、何処へともなく姿を消した。家族や召使たちは、城のなかをあちこち探しまわったが、無駄だった。そのうち、彼らは奇妙な話を聞いた。領主が何かに追われるように、必死にボートを漕いで、ライン川の中州に建つ時計塔に向かったというのである。
話を聞いて、三人の召使が、さっそく島の時計塔にわたった。ライン川を通る船から通行税を集めるための見張りの塔だったが、いまは使われなくなり、無人になっていた。
時計塔のなかは五階に分かれ、急な階段がついている。階段を上がっていくにつれ、召使たちはキーキーという不気味な鳴き声を聞いた。驚いて周囲をみまわしたが、何も変わったものはない。
しかし四階まで上がったとき、召使たちはゾッとした。巨大なネズミが、五、六匹のネズミを従えて、こちらを凄みのある目で睨みつけている。召使たちがかまわず進んでいくと、大ネズミはキーッと鋭く鳴いて身をひるがえし、五階への階段を駆け上がっていった。
ピストルを手に五階へと上がった召使たちは、ハッと息をのんだ。床のうえに、一個の死体がころがっていたのだ。衣服は食いやぶられ、骨にわずかに残った肉を何十匹もの小ネズミがたかって食っている。そばには何十匹ものネズミの死体と、城主のものであるピストルがころがっていた。
部屋の天井といい壁といい床といい、何百匹というネズミがひそんで、召使たちをじっと睨みつけている。まるで彼らを襲えという、ボスの命令を待っているかのようだ。恐怖に身がすくんだが、召使たちはピストルをかまえ、後ろ向きに用心深く階段をおりていった。全身の神経を尖らせていたが、ネズミたちは動かなかった。ただ小ネズミたちが城主の肉を食べている音だけが、静けさのなかにシャリシャリと聞こえていた。
やっとの思いで塔を出ると、召使たちは命からがらボートを漕いで城に舞いもどった。話を聞いた城主の夫人は、集められるかぎりの犬と猫を集めて、島の時計塔に放ったが、すでにネズミは嘘のようにいなくなっていた。白骨と化した城主の死体だけが、床のまんなかにころがっていた。
もともと城主は、領民からの年貢の取り立てが厳しく、召使たちに対しても冷酷で、家族たちからも嫌われていた。
彼はかねがね厳格な父をけむたく思っており、ある日、とうとう父を断崖から突き落として殺してしまった。その後自分が城主の地位につくと、今度はその地位を奪われることを恐れて、我が子に毒を飲ませて殺してしまった。
城主は強欲で淫乱な男だった。これという女に目をつけると、嫌がるのもかまわず城に誘拐してきて、思うさまもてあそんだ。そして飽きてしまうと、おもちゃを捨てるように、ポイと捨て去るのだった。
あるときは、アーレンという美しい村娘に目をつけ、無理やり城に連れてくると、その汚れない肉体を残酷にもてあそんだ。絶望のあまり、アーレンは城の塔から、身を投げて死んだ。彼女は一匹の大ネズミを飼っていたが、彼女が自殺したあと、その大ネズミは何処へともなく姿を消してしまったという……。
ショックは大きかったが、夫人も召使たちも、この事件については沈黙を守った。しかし人の口から口へと噂は伝わり、ライン川地方の人々は誰いうともなく、この時計塔をモイゼターム(ねずみの塔)と呼ぶようになった。時計塔はいまも、ビンゲンの町の近く、ナーエ川がライン川に合流する近くの島にひっそりと建っている。