サリー・ポタートンは若くして夫を失い、看護婦をつとめながら、一人娘のペニーを女手一つで育てあげた。ペニーは幼いときは母に従順ないい子だったが、一六歳ごろから急に人が変わったように不良少女になった。あげくはモーリス・シャールというごろつき同然の若者にだまされ、母を捨てて家を出てしまったのである。
それからのペニーの人生は、ひたすら堕落の一途だった。モーリスにフリー・セックスと麻薬の世界に引き入れられ、身売りを強いられ、売春と麻薬に身をもちくずしたあげく、妊娠したことを理由に、モーリスから殴る蹴るの暴行を受けて捨てられ、ついに自殺してしまった……。
娘を失って怨み骨髄に徹した母サリーは、泣いて泣いて泣き暮らしたあげく、ついにモーリスに対する残酷そのものの復讐を決意した。モーリスを自宅の陰で待ち伏せして誘拐し、自宅に連れ帰ってベッドの上に縛りつける。そして採血器具の管に連結した注射針を、モーリスの腕に突き刺した。
彼女が思いついたのは、なんとモーリスの全身の血を吸い取ってしまうことだったのである。おりしも採血用の管を通って、モーリスの血が、ビンのなかにぽたりぽたりと流れ落ちていく。数分、数十分……、流れ落ちる彼の血は、真紅の鮮やかさをさらに増しながら、ビンのなかで増えつづけていった。
「助けて! おばさん、僕が悪かった、後生だから助けて!」
モーリスは死にもの狂いだった。頭をめぐらせて知っている限りの言葉を並べたて、必死にあやまり、懇願し、命乞いをする。しかしどんなに懇願しても、サリーは意地悪い笑いを浮かべ、彼の顔をじらすようにのぞきこむだけだった。
そのあいだもガラス瓶のなかの血液は、確実にその量を増していく。ときにサリーは、相手の訴えに心を動かされたふりをして、ゴム管にそっと手をのばしてみたりする。だが、すぐまたスッと手を引っ込め、あとはまた、ぽたりぽたりと、鮮やかな血のしずくが容赦なくすべり落ちていく……。
朝が近づき、窓から夜明けの光が差し込んできた。もはやモーリスの声は泣き声というより、意味不明な呻き声でしかなくなっていた。一晩かかって、たっぷり死の恐怖を味わわせてやった。そう思うと、サリーはこれでもはや、思い残すことはなかった。
サリーは黙ってモーリスの顔をのぞきこみ、彼の腕をつかんで、不規則にうつ脈を読み取った。脈がしだいに遠のき、やがてついに止まってしまうと、サリーは彼の真っ青な顔をじろじろと見て、憎しみをこめて唾を吐きかけた。
そして部屋をきれいに片づけてから受話器をとり、警察の番号をまわした。
「ここに一人の男が殺されています。私が殺したんです。いついらしてもかまいません。私は逃げも隠れもいたしません。これから愛する娘のもとに参りますので……」