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十二国記024

时间: 2020-08-18    进入日语论坛
核心提示:「起きろ」 そう言って陽子は叩き起こされた。 泣き疲れた瞼《まぶた》が重い。ひどく光が目にしみた。疲労と飢《う》えで深い
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「起きろ」
 そう言って陽子は叩き起こされた。
 泣き疲れた瞼《まぶた》が重い。ひどく光が目にしみた。疲労と飢《う》えで深い脱力を感じたが、なにかを食べたいとは思わなかった。
 牢に入ってきて陽子を起こした男たちは、陽子の身体にかるく縄《なわ》をかけた。そのままそとに押し出される。建物から出たところにある広場には馬車が待っていた。
 二頭の馬に荷車をつないだ馬車の上に乗せられ、そこから周囲を見わたすと広場のあちこちや道のかどに大勢の人間が集まって陽子のほうを見ていた。
 これだけの人間が、昨日見た廃墟のような街のどこにひそんでいたのだろう。
 誰もが東洋人のようだが、髪の色がちがう。大勢集まると、それがひどく奇異な感じがした。誰もが好奇心や嫌悪をないまぜにした表情をしている。ほんとうに護送される犯人のようだと陽子は思う。
 目を開けてから、ほんとうに目覚めるまでの一瞬のあいだに、ぜんぶが夢だったらどんなにいいだろうか、と心から念じた。それはすぐに陽子を乱暴に引きずりおこす男の手によって破られたのだけれど。
 身づくろいするひまも、顔を洗うひまも機会も与えられなかった。海に飛び込んでそのままの制服は、淀《よどんだ》んだ海の臭気を漂わせている。
 男がひとり、陽子の隣に乗りこんで、御者が馬に手綱《たづな》を繰り出す。それを見ながら、お風呂に入りたいな、と陽子はボンヤリ思った。たっぷりのお湯のなかに身体を沈めて、いい匂いのするソープで身体を洗って。新しい下着とパジャマに着替えて、自分のベッドで眠りたい。
 目が覚めたらお母さんの作ったご飯を食べて、学校へ行く。友達とあいさつをして、たあいのないおしゃべりをして。そういえば化学の宿題が半分残っていた。図書館から借りた本ももう返さなくてはならない。ゆうべ、ずっと見ていたドラマがあったのに見逃してしまった。母親が思い出して録画しておいてくれるといいのだけれど。
 考えていると虚《むな》しくて、どっと涙があふれた。陽子はあわててうつむく。顔をおおいたかったが、うしろ手に縛られていてそれもできなかった。
 ──あきらめるしかないね。
 そんな言葉は信じない。ケイキだって戻れないとは言わなかった。
 ずっとこのままでなんてあるはずがない。着がえることも顔を洗うこともできなくて、罪人のように縄をかけられて汚い馬車に乗せられて。たしかに陽子は聖人のように善良ではなかったが、こんな仕打ちをうけるほどの悪人でもなかったはずだ。
 頭上を後ろへさがっていく門を見ながら、陽子は縛られたままの肩口に頬《ほほ》を寄せて涙をぬぐった。隣に座った三十がらみの男は胸に布袋を抱いて淡々と風景を見ている。
「あの……どこへ行くんですか」
 おそるおそる陽子が声をかけると、疑うような目つきで見返してきた。
「しゃべれるのかい」
「はい。……あたしはこれから、どこへ行くんですか?」
「どこって。県庁だ。県知事のところにつれて行く」
「それからどうなるんですか? 裁判かなにか、あるんですか」
 どうしても自分が罪人だという考えが消えない。
「おまえが良い海客か、悪い海客か、それがはっきりするまでどこかに閉じ込められることになるな」
 男の突き放すような物言いに、陽子は首をかたむけた。
「良い海客と、悪い海客?」
「そうだ。おまえが良い海客なら、しかるべきお方が後見人について、おまえは適当な場所で生活することになるだろうよ。悪いほうなら幽閉《ゆうへい》か、あるいは死刑」
 陽子は反射的に身をすくめた。背筋に冷たい汗が浮く。
「……死刑?」
「悪い海客は国を滅ぼす。おまえが凶事の前ぶれなら、首を刎《は》ねられる」
「凶事の前ぶれって?」
「海客が戦乱や災害をつれて来ることがある。そういうときは、早く殺してしまわなくては、国が滅ぶ」
「それをどうやって見きわめるんです?」
 男はうっすらと皮肉な色の笑みを浮かべた。
「しばらく閉じこめておけばわかる。おまえが来て、それから悪いことがおこれば、おまえは凶事《きょうじ》の先触れだ。もっとも」
 男は剣呑《けんのん》な目つきで陽子を見る。
「おまえはどちらかというと凶事を運んできそうだな」
「……そんなこと」
「おまえが来たあの蝕《しょく》で、どれだけの田圃《たんぼ》が泥に沈んだと思う。配浪《はいろう》の今年の収穫は全滅だ」
 陽子は目を閉じた。ああ、それで、と思う。それで自分は罪人のようにあつかわれているのか。村人にとってすでに陽子は凶事の前ぶれなのだ。
 怖い、と切実に思った。死ぬのは怖い。殺されるのはもっと怖い。こんな異境でもしも死んだとしても、誰も惜しまず泣いてもくれない。たとえ死体だけにしても家に帰ることさえできないのだ。
 ──どうしてこんなことに。
 どうしてもこれが陽子の命運だとは信じられなかった。一昨日《おととい》にはいつものように家を出たのだ。母親には行ってきます、とだけ言った。いつものように始まって、いつものように終わるはずだった一日。いったいどこで、なにを踏みちがえてしまったのだろう。
 村人に声をかけたのがいけなかったのか。そもそも崖でじっとしているべきだったのか、陽子をこちらにつれてきた、あの連中とはぐれたのがいけなかったのだろうか。──それとも、そもそもあの連中についてきたのがいけなかったのか。
 しかし陽子には選択の余地などなかったのだ。ケイキは力ずくでもつれて行く、と言った。ばけものに追われて、陽子だってなんとかして身を守らねばならなかった。
 まるでなにかの罠《わな》の中にはまりこんでしまったようだ。ごくあたりまえに見えたあの朝にはすでになにかの罠のなかにあって、それが時間と共に引き絞られた。おかしいと思ったときにはすでにぬきさしがならなかった。
 ──逃げなきゃ。
 陽子は身体だけが焦《あせ》って暴れだしそうになるのを抑える。失敗は許されない。逃げそびれたりしたら、どんな仕打ちを受けるかわからない。機会をうかがって、どうにかしてこの窮地《きゅうち》から逃げ出さなければ。
 陽子の頭のなかで、なにかが猛烈な勢いで回転をはじめた。こんな速度でものを考えたことは生まれて初めてかもしれない。
「……県庁まではどれくらいかるんですか?」
「馬車なら半日、ってところかな」
 陽子は頭上を見あげた。空は台風のあとのような青、太陽はすでに真上にある。陽が落ちる前になんとしても逃げ出す機会を見つけなければならない。県庁がどんなところかは知らないが、少なくともこの馬車よりは逃げることが難しいだろう。
「あたしの荷物はどうなったんだてすか」
 男はあやしむような目つきで陽子を見た。
「海客が持ってきたものは届け出るのがきまりだ」
「剣も?」
 男はさらにあやしげな顔をする。警戒するのがわかった。
「……聞いてどうする」
「あれは大切なものなんです」
 かるく背後で手をにぎった。
「あたしをつかまえた男の人が、とてもほしそうにしていたから。ひょっとして彼に盗まれたんじゃないかと思って」
 男は鼻を鳴らした。
「そうかしら。あれは飾りものだけど、とても高価なものなんです」
 男は陽子の顔を見て、それから膝《ひざ》の上の布袋を開いた。中から鮮《あざ》やかに光を弾《はじ》いて宝剣が現れた。
「飾りものなのか、これは?」
「そうです」
 少なくとも身近にあることに安堵《あんど》しながら、陽子は男を見つめた。男が柄《つか》に手をかける。どうぞ、抜けないで、と祈った。田圃《たんぼ》で会った男には抜けなかった。ケイキはそれが陽子にしか使えないと言っていた。ひょっとしたら陽子以外には抜けないのではないかと、そう思ったが確信はない。
 男が手に力をこめる。柄は鞘《さや》から寸分《すんぶん》も動かなかった。
「へえ。ほんとうに飾りもんだ」
「返してください」
 陽子が訴えると男は皮肉な色で笑う。
「届けるのが決まりなんでな。それにおまえも首を斬《き》られちゃ、用がないだろう。眺めようにも眺める目をつむっちゃぁな」
 陽子は唇をかむ。この縄さえなければ取り戻すことができるのに。ひょっとしてジョウユウがなんとかしてはくれないか、と思ったが、力をこめてみても縄はもちろん切れなかった。べつに怪力になったわけではないらしい。
 なんとか縄を切って剣を取り戻す方法はないものか、とあたりを見回したとき、流れていく風景の中に金色の光を見つけた。
 馬車は山道にさしかかろうとしていた。なにかの樹を整然と植えた暗い林のなかに、見覚えのある色を見つけて陽子は目を見開いた。同時にぞろり、とジョウユウの気配が肌を這《は》う。
 林のなかに人がいた。長い金色の髪と白い顔、裾《すそ》の長い着物に似た服。
 ──ケイキ。
 陽子が心の中でつぶやくのと同時に、たしかに陽子のものではない声が頭のなかで聞こえた。
 ──タイホ。
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