ようやく迎えた朝、陽子は街の通りを歩いて港へ向かう。街の奥が海にむかって開かれていてそこに粗末な桟橋があり、一隻の、陽子の目には小さな、港に停泊したほかの船に比べれば大きな帆船が繋《つな》がれていた。
「あれだ……」
なんだか胸に迫る思いで桟橋に近づきかけ、陽子は足を止めた。船に乗りこむ旅人の列を検分している衛士の姿があった。
一瞬、目の前が暗くなる。衛士たちは乗客の荷物を開けて中をのぞきこんでいた。
できることなら剣は捨てたくない。ものかげまで近づいて、それ以上近づくことができない。陽子はじっと乗客と衛士の姿を見つめた。
──剣を捨てるか。
身を守る手段を失うが、このまま巧国に残るよりいい。思って、ほど遠くないところの水面を見たが、どうしてもその決心がつかない。これはケイキにつながるものだ。これを失うことはケイキとのつながりを半分断つことを──ひいては故国とのつながりを断つことを意味するような気がする。
──迷って迷って、それでも決心がつかない。
陽子は港を見わたした。剣を捨てずに雁《えん》国へ渡る方法はないか。幾艘《いくそう》かの小さな帆船が停泊している。それを奪っていけないか。
──帆船の操り方なんて知らない。
青海は内海だと聞いた。だとしたら、どれだけの日数がかかるか想像もつかないが、海岸沿いに歩いて雁国へいけないか。
目眩《めまい》がするほど迷っているときに、突然高い太鼓《たいこ》の音が響いた。
はっと顔をあげて見わたすと、音の出所は船の甲板で、それが出港の合図だとわかった。乗船する旅人の列もすでに切れている。衛士が所在なげに立っていた。
──まにあわない。
今から走っても衛士に捕まる。荷物をほどいて剣を取り出す時間はない。荷物ごと剣を捨てても、てぶらで船に乗り込んでは怪しまれはしないか。狼狽《ろうばい》するからいっそう動けない。
棒をのんだように立ち尽くして、陽子は船が帆をあげるのを見ていた。
船にかかっていた渡り板が外された。ようやく陽子は物陰を飛び出した。船がかすかにすべり出して、衛士がその場で見送る。白い帆が目に焼きついた。
──今なら海に飛び込んで。
らちもない考えが頭をかけめぐったが、身動きはできなかった。
──あれに乗れば雁国なのに。
荷物を抱いてただ目を見開いて船が出ていくのを見送ることしかできない。にがしたものはあまりに大きく、その衝撃から立ち直ることができなかった。