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十二国記082

时间: 2020-08-19    进入日语论坛
核心提示: 陽子はしばらくぼんやりと自分と世界について考え、それからふと落人を見た。「先生も胎果なのですか」 聞くと彼は首を横にふ
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 陽子はしばらくぼんやりと自分と世界について考え、それからふと落人を見た。
「先生も胎果なのですか」
 聞くと彼は首を横にふって笑う。
「わたしはたんなる海客《かいきゃく》です。故郷は静岡《しずおか》ですよ。東大に行きましてね。こっちに来たのは二十二のときです。安田講堂から出ようとして、机の下をくぐってみたらこちらだった」
「安田……?」
「ああ、ご存知ないか。大騒ぎだったが歴史に残るほどではなかったのかな」
「わたしは、ものを知らないで……」
「わたしもです。昭和四十四年一月十七日でした。夜になったばかりだったな。それ以後のことは、なにひとつ知りません」
「……わたしが生まれる前のことです」
 落人は苦笑した。
「もうそんなに経ちますか。わたしは長いことこちらにいたな」
「それからずっとこちらに?」
「そうです。ついたのは慶《けい》国でした。慶国から雁国を転々として、ここに落ちついたのが六年前です。ここでは処世……生活科学のようなものを教えています」
 笑ってからひとつ首をふった。
「そんな話には意味がない。──なにをお聞きになりたいのです?」
 陽子はまっすぐにただひとつの問いを発する。
「帰る方法はあるでしょうか」
 落人はすこし間をおき、声を落とした。
「……人は虚海を越えることができないのです。こちらとあちらには一方通行の道しかない。来るだけです。行くことはできない」
 陽子は息をついた。
「……そうですか」
 そんなに衝撃は受けなかった。
「お力になれず、申しわけない」
「いいえ……。ひとつ不思議に思っていることがあるんですが、お聞きしてもいいですか?」
「なんなりと」
「わたしは、言葉がわかるんです」
 落人は首をかしげた。
「わたしは、そもそも言葉がちがうことにきづいてなかったんです。ずっと日本語だと思っていました。理解できないのは特殊な言葉だけだったんです。それが、巧《こう》国で海客のお爺《じい》さんに会って、はじめてここでは日本語でない言葉が使われているんだと知りました。……これはどういうことなのでしょう」
 落人はすこし考えこんだ。困ったように微笑《わら》い、陽子の顔を見る。
「……あなたは人ではないようですね」
 やはり、と陽子は思う。
「わたしはこちらに来たとき、言葉がわからずに苦労しました。多分中国語系統の言葉なのだと思いますが、わたしがしっていた初歩的な中国語は通じなかった。何年も筆談しかできなかったんです。かろうじて漢文だと通じたので。その漢文もずいぶん怪しげなもので、最初の一年は本当につらかったな。ここへ来た誰もがそうです。胎果も例外ではない。わたしは海客の研究をしていますが、過去に海客で言葉に難儀しなかったものはいません。あなたは、ただの海客ではないと思います」
 陽子はそっと自分の腕をつかむ。落人は続けた。
「言葉に不自由しないのは、妖族と神仙《しんせん》だけだと聞いたことがあります。あなたが一度も言葉の問題に気がつかなかったのなら、あなたは人ではない。妖《あやかし》か神仙か、それに類するものなのだと思いますよ」
「妖……にも胎果があるんでしょうか」
 落人はうなずく。笑みは消えていなかった。
「聞いたことはないが、ありうることです。だとすれば、あなたには解決策が残されている。帰ることができるかもしれない」
 陽子は顔をあげる。
「……ほんとうですか」
「ええ。妖にしろ神仙にしろ、虚海を越えることができるからです。わたしは虚海を超えられない。二度と戻る方法がない。あなたはちがいます。延《えん》王にお目通り願いなさい」
「王にお会いすれば、助けていただけるんでしょうか」
「おそらく。簡単ではないでしょうが、少なくとも努力してみる価値はあります」
「……そうですね」
 うなずいてから陽子は床に視線を落とした。
「そうか、やっぱりわたしは人じゃなかったのか」
 かるく笑いがもれて、楽俊がとがめるような声を出した。
「陽子」
 陽子は袖《そで》をめくって右手を示す。
「おかしいとは思っていたんです。てのひらに傷があったはずなんです。こちらに来て妖魔に襲われた傷です。完全に刺し貫かれて、すごく深い傷だったのに、もうほとんど見えない」
 楽俊は陽子がかるく掲《かか》げたてのひらをのびあがるようにしてのぞきこんでから髭《ひげ》をそよがせた。それは楽俊が手当てしてくれた傷だった。どんなに深い傷だったか、楽俊が証人になるだろう。
「ほかにもたくさんあったはずなんです。でも、どれももうどこにあったのかわからない。傷じたいも妖魔に襲われたにしては軽すぎました。咬《か》みつかれても牙《きば》の跡しか残らなかったり。なんだかとても怪我《けが》をしにくい体質になったみたいで」
 陽子は笑う。自分が人ではないという認識はなぜか笑いを呼びおこした。
「妖《あやかし》だったからなんですね。それがわたしを狙って妖魔が襲ってきていたことと関係があるんでしょうね」
「妖魔が狙う?」
 落人は眉《まゆ》をひそめる。答えたのは楽俊だった。
「どうやらそのようだったんです」
「そんな、バカな」
「おいらもそう思いましたが、聞けば陽子の行くところに必ず妖魔が現れている。おいらもげんに蠱雕《こちょう》に襲われたときに居合わせました」
 落人はかるく額を押さえた。
「ちかごろ巧国に妖魔が出没していると言う噂は聞いていましたが……。それが彼女のせいだと?」
 楽俊が憚《はばか》るように陽子を見たので、陽子はうなずいてみせた。楽俊の言葉を継ぐ。
「だと思います。わたしがこちらに来たのも、そもそも蠱雕に襲われて逃げてきたからなんです」
「蠱雕に襲われて逃げてきた? あちらから、こちらへ?」
「はい。ケイキという人が……彼もきっと妖魔だったんでしょうけど、彼が身を守るためにはこちらへ来るしかないのだと言って。それでわたしをこちらへ連れてきたんです」
「……彼は今?」
「わかりません。こちらに来てすぐ妖魔に待ち伏せされて、それではぐれてしまったんです。あれきり会えないので、ひょっとしたらもう生きていないのかもしれません」
 落人は長いこと額に手をあてて考えこんでいた。
「……ありえない。考えられないことです」
「楽俊にもそう言われました」
「妖魔というのは猛獣といっしょです。群れて人を狩ることはあっても、特定の誰かを狙って行動することは考えられない。ましてやわざわざ虚海《きょかい》を渡って、それからもあなたを狙っているという。そんなことをする生き物ではない。虎《とら》がそんなことをしないのと同じです」
「誰かが虎をてなずけて利用することはできるんじゃないでしょうか」
「妖魔に対してそんなことができるはずがない。これは大変なことです、陽子さん」
「……そうなんですか?」
「妖魔の側になんらかの変化か事情があってあなたを狙ったのだとしても、あるいは誰かが妖魔をあやつる術を見つけたのだとしても、どちらにしてもこれを放置しておけば最悪、国が滅ぶ」
 言って落人は陽子を見る。
「もしもあなたが妖だとすれば、すこしは話が簡単なのですがね。妖族どうしの仲間割れというのは聞いたことがないが、妖族は飢《う》えれば共食いさえする生き物です。しかし……」
「陽子はどう見ても妖魔には見えない」
 楽俊が言うと、落人もうなずく。
「人に化ける妖魔はいるが、こうも完璧に化けられるとも思えない。しかも、本人に妖魔の自覚がないなんて」
「ないわけではありません」
 陽子が苦笑すると落人は首をふる。
「いいえ。あなたは違います。妖魔ではない。──ありえません」
 言って落人は立ちあがった。
「王にお会いなさい。わたしから役人に言ってもいいが、それよりは直接|関弓《かんきゅう》へ行ったほうが話が早い。まっすぐに玄英宮《げんえいきゅう》を訪ねて、今の話をしてごらんなさい。あなたはこの事態の鍵だ。きっと王はお会いくださるでしょう」
 陽子もまた立ちあがる。深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「今から出れば夕刻までに次の街へ着けます。荷物は宿に?」
「いえ、ここにあります」
「では城門までお送りしましょう」
 落人は城門までの道のりをいっしょに歩いて送ってくれた。
「微力ながらわたしも訴状を書いて動いておきます。なにがおこっているのかわかるまではあなたは身動きできないかもしれませんが、事がかたづけばきっと王が帰してくださるでしょう」
 陽子は落人を見る。
「あなたは?」
「え?」
「先生は帰りたいと、王様にお願いしてみないんですか?」
 陽子が聞くと落人は苦笑した。
「わたしは王にお会いできるような身分のものではありません。ごく当たり前の、一介《いっかい》の海客にお会いできるほど王はたやすい相手ではない」
「でも」
「いや……真実願えばお会いできたのかもしれませんが、わたしにはさほどの興味がなかったのです」
「興味がない?」
「わたしは時代に疲れていたので、新天地に来たことが嬉しかった。わたしは故国に帰ることを熱望していない。王にお会いすれば帰してもらうなり、なにか解決策が見出せるかもしれないとわかったときには、こちらになれて帰ることなどどうでもよくなっていた」
「わたしは……帰りたい」
 陽子はつぶやく。帰りたい、といった瞬間、なにかがひどく淋《さび》しい気がした。
「……ぶじ、王にお会いできるよう、祈っています」
「せめて門まで、日本の話をしましょうか?」
「必要ありません」
 落人は笑った。
「そこはわたしが革命に失敗して逃げだしてきた国です」
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