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十二国記087

时间: 2020-08-19    进入日语论坛
核心提示: 男は集まってくる人混みをかき分けて道を歩いていく。特にあてがある様子ではなかった。ちらちらとあたりに視線を向けながら雑
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 男は集まってくる人混みをかき分けて道を歩いていく。特にあてがある様子ではなかった。ちらちらとあたりに視線を向けながら雑踏を歩いて、気が向いたように一軒の宿に入っていった。華やかな店構えの大きな宿だった。あとをついていく陽子と楽俊には目もくれず、男は宿の入り口をくぐる。それを見ながら、陽子は楽俊をふり返った。
「……どうする?」
「どうするって、ここまで来たもんを」
「そうじゃなくて。わたしは彼と話をしてみたい。楽俊は宿に帰ってる? ちょっと用心しといたほうがいいかもしれない」
「構うもんか。行こう」
 石段をあがってドアを入ってていく楽俊のあとを陽子も追う。店のなかでは男が店員と階段の下で待っていた。陽子たちを認めると、かるく笑って階段を昇っていく。
 店員が男を案内したのは三階の部屋だった。ふた間続きで、中庭に面してベランダがある。部屋は広く、贅沢《ぜいたく》なつくりで内装も凝《こ》っていた。置かれた家具までが贅を凝らしたもので、陽子は若干|気後《きおく》れを隠せない。かつて陽子が足を踏み入れたどんな宿より格段に高級な店だった。
 男は店員に酒肴《しゅこう》を命じるなりソファ風の椅子に腰をおろす。こういった格式の店になれている風情があった。無数に灯《とも》された蝋燭《ろうそく》のせいであかるい部屋の中で見ると、着ているものもかなり高価なものであることがわかる。
「あの……」
 入り口で立ちつくす陽子に男は笑う。
「座《すわ》ってはどうだ?」
「……失礼します」
 陽子は楽俊と顔を見合わせ、うなずきあって腰をおろした。どうにも落ちつかない感じだった。男はそんな様子《ようす》をほのかに笑ってみるばかり、特になにを言うでもない。対応に困って部屋の中を見回していると、店員が酒肴を調えて運んできた。
「旦那様《だんなさま》、ほかにご用は」
 聞いてくる店員を手をふって下がらせる。店員が部屋を出るときドアを閉めるよう命じた。
「飲んでみるか?」
 問われて陽子は首を横にふる。楽俊もまた首を横にふった。
「あの……」
 なにを話しかけていいのかわからないなりに、とにかく会話を持ちかけようとした陽子の言葉を男がさえぎった。
「みごとな剣を持っているな」
 陽子の右手に視線を向けて男が手をさしだす。なんとなくあらがいがたいものを感じて、陽子は剣を手渡した。男はかるく柄《つか》をにぎって引く。難なく抜けた。
 そんな、と声をあげた陽子にはかまわず、男は鞘《さや》と剣とを検分する。
「──鞘が死んでいるな」
「鞘が、死んで?」
「妙な幻を見なかったか」
 聞かれて陽子は眉《まゆ》をひそめた。
「……なに」
 緊張した陽子を笑って、男は刀身を鞘におさめる。丁寧《ていねい》な手つきで陽子に剣をさしだした。陽子はそれをうけとってかるく柄をにぎりしめる。
「どういうことです」
「言葉どおりの意味だが。それがどういう代物《しろもの》だか知らないのか」
「どういう代物、って」
 男は勝手に水差しのようなガラス瓶から液体を杯に満たす。少しも構えたところのない動作だった。
「それは水禺刀《すいぐうとう》という。水をして剣を成《な》さしめ、禺《さる》をして鞘《さや》を成さしめ、よって水禺刀というそうだ。剣としても傑物だが、それ以外の力も持っている。刃に燐光を生じ、水鏡をのぞくようにして幻を見せるそうだ。うまくあやつる術を覚えれば過去未来、千里のかなたのことでも映し出すという。気を抜けばのべつまくなし幻を見せるそうだ。それで鞘をもって封じるとか」
 かるく杯をかたむけて陽子を見る。
「鞘は変じて禺を現す。禺は人の心の裏を読むが、これもまた気を抜けば主人の心を読んで惑わす。ゆえに剣をもって封じると聞いた。慶《けい》国秘蔵の宝重《ほうちょう》だ」
 陽子は思わず腰を浮かせた。
「しかし、この鞘は死んでいるな。鞘の封印をなくして、さぞかし幻が暴れたろう」
「……あなたは」
「党に書状を出したろうが。──用件を聞こう」
「まさか、延台輔《えんたいほ》でいらっしゃいますか」
 男は人の悪い笑みを浮かべた。
「台輔は留守《るす》だ。用件ならば俺が聞く」
 陽子は落胆を抑えきれない。やはり台輔その人ではないらしい。
「要件なら書状に書きました」
「書いてあったな。景《けい》王とか」
「わたしは海客《かいきゃく》です。こちらのことはよくわかりません。ただ」
 陽子は楽俊を見た。
「この楽俊が、わたしを景王だと」
「どうやらそのようだな」
 男はあっさりうなずいた。
「信じるんですか」
「信じるもなにも。水禺刀は慶国の宝重、そもそも魔力甚大な妖魔を滅ぼすかわりに封じ、剣と鞘に変じて支配下に押さえこみ宝重となしたものだ。ゆえにそれは正当な所有者にしか使えん。すなわち、景王でなくてはな。封じこんだのは何代か前の景王だから、そういうことになる」
「──でも」
「互いに互いを封じるゆえ、本来ならば主人にしか抜けぬ。今は鞘が死んでいるので俺にも抜けたが。たとえ抜き身の剣をにぎったところで藁《わら》一本|斬《き》れん。ましてや幻を引き出すことは断じてできんな」
 陽子は男をまっすぐに見る。
「あなた、なにもの」
 ──ただものではない。これほど慶国の事情にあかるいからには。
「先に名乗る気はないか?」
「中嶋《なかじま》、陽子です」
 男は視線を楽俊に向けた。
「では書状を出した張清《ちょうせい》とはおまえか」
 はい、と楽俊があわてて居住まいを正した。
「字《あざな》は」
「楽俊です」
「──で? あなたは」
 陽子はにらんだが、男を威圧することはできなかった。
「俺は小松《こまつ》尚隆《なおたか》という」
 まったくかまえる様子を見せずに答えた男を、陽子はまじまじと見返した。
「……海客?」
「胎果《たいか》だな。ショウリュウと音に読む者が多い。多いといってもたかがしれているが」
「……で?」
「で?」
「あなたは何者? 台輔の護衛かなにか?」
 ああ、と男は笑った。
「称号でいうなら俺は延《えん》王だ。──雁《えん》州国王、延」
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