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十二国記116

时间: 2020-08-26    进入日语论坛
核心提示: ──きっとだいじょうぶだ。きっと。 言い聞かせ、言い聞かせして日の暮れた街道を小走りに歩いた。 完全に暗くなって人通り
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 ──きっとだいじょうぶだ。……きっと。
 言い聞かせ、言い聞かせして日の暮れた街道を小走りに歩いた。
 完全に暗くなって人通りが絶えてからは、なりふりかまわずに走った。午寮《ごりょう》から離れ、分岐路で曲がり、今朝旅立った街も午寮の街も引き離していく。
 じゅうぶんに離れても陽子の足は止まらない。急いでいないと、なにかが背後から追いかけてくる気がした。
 だいじょうぶだ、と自分に言い聞かせる。
 たとえ楽俊が陽子のことを訴え出ても、写真すらないこの国で、自分を捕まえられるとは思えない。ましてや、楽俊は自分を匿《かくま》ったのだから、罰をおそれて彼を見捨てて逃げた海客《かいきゃく》のことをしゃべったりはしないはずだ。
 自分に強く言い聞かせて、陽子は足を止めた。
 胸のなかに深い穴があいた気がした。
 
 今考えるべきことは、そんなことではないのではないか。
 楽俊はぶじなのだろうか。陽子の目には深い傷には見えなかったが、本当に深手ではなかったのだろうか。戻るべきだ、と身内で声がする。
 戻って、せめて楽俊の安否をたしかめてから逃げるべきだ。
 危険だ、と誰かが言う。たとえ戻っても、陽子になにができるわけでもない。
 珠《たま》がある、と誰かが叫ぶ。
 珠があっても、それが楽俊の怪我に役立つとはかぎらない。ましてや、楽俊はすでに死んでいるかもしれない。戻れば捕まる。捕まるだけ無駄だ。捕まれば命がない。
 ──そこまで命が惜《お》しいのか。
 ──惜しくないはずがない。
 ──命の恩人を見捨てて。
 ──ほんとうに恩人だったとは限らない。
 ──助けてくれた事実は変わらない。楽俊は匿ってくれた。
 ──下心があってのことだ。善意ではない。そんな人間はいつでも裏切る。
 ──善意でない人間なら見捨ててもいいのか。ほんとうにそんなことをしてもいいのか。
 あそこにあれだけの怪我人がいて、ましてやそのなかに知り合いがいて、それを見捨ててしまっていいのか。せめて救助に手を貸すのがほんとうなのではないのか。そうすれば死なずにすんだ命が、あそこにはあったのではないのか。
 ──そんなきれいごとをこの国で言ってもはじまらない。貧乏|籤《くじ》を引くのが落ちだ。
 ──きれいごとではない。
 人として当然のことだろう。そんなことさえ忘れたのか。
 ──いまさらおまえが人の道を言うのか。
 いまさら、おまえが。
 いまさら!
「戻って止《とど》めを刺す」
 耳障《みみざわ》りな声が聞こえて陽子は飛びあがった。道のすぐ脇の草むらに蒼猿《あおざる》の首が見えた。
「──そう思ったんじゃなかったのかい」
「……あ……」
 陽子は蒼猿を凝視《ぎょうし》する。全身が震えた。
「止めを刺すつもりだったんだろう、えェ? そのおまえが、いまさら人の道を言うのかい。おまえが! いまさらよォ」
 猿は狂ったように哄笑《こうしょう》した。
「……ちがう」
「ちがわねえなァ。おまえはたしかにそう思ったのサァ」
「そんなこと、するつもりはなかった」
「つもりだったさ」
「実際、しなかった。わたしには、できない!」
 きゃらきゃらと猿は嗤《わら》う。
「そりゃあ、人殺しが怖かったからだろうが。殺したかったが、殺す勇気がなかっただけじゃねえのかヨォ」
 高笑いして猿は陽子を楽しげに見た。
「頼もしくなったじゃねえか。だいじょうぶだ。次は殺せる」
「ちがう!」
 叫びを無視して青い猿は笑う。かんだかい音が容赦《ようしゃ》なく耳に刺さった。
「──わたし、戻る」
「どうせ戻ってもとっくに死んでるサァ」
「そんなの、わからない」
「死んでるさ。戻って捕まって殺されるだけ無駄だヨォ」
「それでも、戻る」
「ヘエェ、戻ったらおまえの罪が消えるのかい」
 返しかけたきびすが止まった。
「戻るがいいサァ。戻って死体を見て泣いてくりゃぁいい。そうしたらおまえが殺そうと思ったことも帳消しになるだろうヨォ」
 きゃらきゃらと笑う顔を呆然《ぼうぜん》と見すえる。
 これは自分だ。浅ましい自分の声だ。これはまったく、自分の本音《ほんね》にほかならない。
「──きっと裏切られたに決まっている。その前でよかったじゃないか」
「……うるさい」
「今ごろ衛士《えじ》がこっちに向かってるかもしれねえぜ? あのネズミに訴えられてヨォ」
「黙れ!」
 柄《つか》をにぎって剣をふるった。草むらを気って葉先だけが散る。
「死んでりゃいいなァ。止《とど》めを刺しておけば完璧《かんぺき》だったのによォ。まだまだ甘いよ、おまえはサァ」
「やかましい!」
「今度はやるんだ。つぎにあんなことがあったらよ、まちがいなく止めを刺すんだぜ」
「ふざけるなぁっ!」
 音をたてて葉先が散った。
 ──止めをさしてどうする。見捨てただけでもこんなに心に重いのに、殺してそれでどうやって生きていくのだ。命がありさえすればいいのか。どんなに醜《みにくい》い生き物に成り下がっても、ただ生きていられればいいのか。
「……殺さなくてよかった……」
 早まらずに、魔がささずに、それを実行に移さないでよかった。
 猿は高らかに嘲笑《ちょうしょう》する。
「生かしておいて、訴えられていいのかい。えェ?」
「楽俊は、訴えていいんだ!」
 ようやく胸につまったものが涙になって浮かんだ。
「楽俊にはその権利がある。もちろん、わたしを訴え出ていいんだ!」
「甘い、甘い」
 なぜ人を信じることができなかったのだろう。
 鵜《う》のみにしろといっているわけではない。それでもあのネズミを信じることが、陽子にはできていいはずだった。
「そんな甘いことを言ってるからサァ、裏切られていいカモにされるのサァ」
「裏切られてもいいんだ」
「甘いなァ」
 きゃらきゃらと夜を裂《さ》いて猿は笑う。
「ほんとうかい? ほんとうにそれでいいのかい。カモにされるほどバカでいいのかヨォ」
「裏切られてもいいんだ。裏切った相手が卑怯《ひきょう》になるだけで、わたしのなにが傷つくわけでもない。裏切って卑怯者になるよりずっといい」
「卑怯になったが勝ちサァ。ここは鬼の国だからなァ。おまえに誰も親切にしたりしないんだぜ。親切な人間なんか、いないんだからヨォ」
「そんなの、わたしに関係ない!」
 追いつめられて誰も親切にしてくれないから、だから人を拒絶していいのか。善意を示してくれた相手を見捨てることの理由になるのか。絶対の善意でなければ、信じることができないのか。人からこれ以上ないほど優しくされるのでなければ、人に優しくすることができないのか。
「……そうじゃないだろう」
 陽子自身が人を信じることと、人が陽子を裏切ることはなんの関係もないはずだ。陽子自身がやさしいことと他者が陽子に優しいことは、なんの関係もないはずなのに。
 ひとりでひとりで、この世界にたったひとりで、助けてくれる人も慰《なぐさ》めてくれる人も、誰ひとりとしていなくても。それでも陽子が他者を信じず卑怯にふる舞い、見捨てて逃げ、ましてや他者を害することの理由になどなるはずがないのに。
 猿がヒステリックに笑った。ただ突き刺さる声で笑いつづける。
「……強くなりたい……」
 世界も他人も関係がない。胸を張って生きることができるように、強くなりたい。
「おまえは死ぬんだ。家にも帰れず、誰にもふり向かれず、だまされて裏切られ、おまえは死ぬんだ」
「死なない」
 ここで死んだらおろかで卑怯なままだ。死ぬことを受け入れることは、そんな自分を許容することだ。生きる価値もない命だと烙印《らくいん》を押《お》すことはたやすいが、そんな逃避は許さない。
「死ぬんだ。飢《う》えて疲れて首を刎《は》ねられて死ぬんだ」
 渾身《こんしん》の力をこめて剣を払った。草むらを斬り裂いた切っ先は空気までを斬って、強い手ごたえを返した。散った葉先のあいだに猿の首が跳ぶ。地に落ち、血糊《ちのり》を撒《ま》いて転々ところがった。
「ぜったいに、負けない……」
 涙が止まらなかった。
 
 堅い袖で顔をぬぐって、歩き出した陽子の足元には金の光が落ちていた。陽子はしばらくその意味を取りかねて、呆然とそれを見つめる。
 土の色を変えた血溜まりの中、蒼猿の首があるはずの場所にそれはあった。
 もうずいぶんと昔になくしたはずの。
 ──鞘《さや》、だった。
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