訪ねる壁という人物は学校の一郭に住んでいた。突然訪ねたりはしないのが礼儀だと、楽俊は言う。前もって手紙を送り、正式の手順を踏んで面会を求めた。
落人からの返答が宿に届いたのはさらにその翌日の朝、返答の手紙を持ってきた使いに連れられて学校へ行く。
芳陵の学校は城壁のなかにあって典型的な中国風の建築、広い庭を擁《よう》して学校というよりは富裕な家のようなたたずまいをしていた。
東屋《あずまや》風の小さな建物に導かれて待っていると、そこに姿を現したのが落人だった。
「どうもお待たせしました。わたしが壁です」
彼の年齢はよくわからない。三十から五十のあいだだろうとは思う。若いようでもあり、年配のようでもあった。皺《しわ》のないのっぺりとした顔にやわらかな笑みを浮かべている。あの松山誠三という老人とはずいぶん雰囲気がちがう、とそう思った。
「お手紙を下さったのは?」
楽俊が答える。
「おいら……いや、わたしです。お時間をいただきましてありがとうございました」
落人はやんわりと笑った。
「どうぞ、お楽に」
「はあ……」
かるく耳の下を掻《か》いてから、楽俊は陽子を振り返る。
「こいつは海客なんです」
楽俊の科白《せりふ》に、彼はあっさり反応を返した。
「ああ、なるほど。しかし、彼女は海客には見えませんね」
陽子のほうを見る。
「……そうでしょうか」
彼は微笑《わら》った。
「少なくとも日本ではそんな髪の色は見かけなかった」
「あ……」
問うような目の色に、陽子は事情を説明する。どうしてだかはわからないが、こちらに来たらこんなふうになっていたこと。髪の色ばかりでなく、顔や体つきや声まで変わっているようだということ。聞き終わって落人は、うなずいた。
「では、あなたは胎果《たいか》でしょう」
「わたしが? 胎果?」
陽子は目を見開いた。
「蝕《しょく》に巻きこまれて、人がこちらにやってくる。それとは反対に卵果があちらに流されていくことがあるのです。卵果は胎児のようなものです。あちらで母親の胎内に流れつく。そうして生まれた者を胎果と言います」
「わたしが……それだと?」
落人はうなずいた。
「胎果は本来こちらの生き物です。今見えているその姿があなた本来天帝から与えられた姿だ」
「でも、あっちにいるときは……」
「その姿で倭《わ》に生まれたら大騒ぎになるでしょう。あなたはご両親に似ていたはずだ」
「父方の祖母に似てると言われてました」
「それはいわば、殻《から》のようなものです。あちらにうまれてもさしつかえないよう、胎内でかぶせられた殻のようなもの。胎果はそのように姿がゆがむと聞いたことがあります」
それは陽子にとってすぐには納得できない言葉だった。
自分がそもそも異邦人《いほうじん》だったのだと言われて、どうしてすんなり納得できるだろう。
ただ、やはり、と思った自分がいたのも確かだった。
自分はあちらの人間ではなかった。だから、あちらに居場所がなかった。──そう思うことはひどくなにかをなぐさめた。なぐさめられると同時に、悲しかった。