六太は号を延麒《えんき》という。子供の姿をしていても、その本性《ほんせい》は人ではない。この雁国の麒麟、傍らの男を王に選んだ。
──国がほしいか。
六太はこの男にそう訊《き》いたが、国は傾き、すでに治めるべき土地も民もないに等しい。
──それでもよければ、おまえに一国をやる。
ほしい、と言い切った男は、いまこの廃墟《はいきょ》と化した土地を見て何を思っているのだろう。よもやこれほどの荒廃とは思っていなかったにちがいない。
嘆くか、怒るか。──そう思って見上げた男は、見つめる視線に気がついたのか、ふいに六太を振り返った。そうして笑う。
「みごとに何もないな」
六太はただうなずいた。
「無から一国を興《おこ》せということか。──これは、大任だ」
いっこうに難儀を感じていない調子でそう言う。
「これだけ何もなければ、かえって好き勝手にできて、いっそやりやすいことだろうよ」
男はあっけらかんと声をあげて笑った。
六太は俯《うつむ》いた。なぜだか、泣きたい気がしたからだ。
どうした、と訊《き》いてきた声がおおらかで温かい。六太は大きく息を吐いた。押しつぶすほどの重量で肩にのしかかっていたものがあったことをやっと知った。それが消え去ったいまになって。
さて、と男は六太の肩に手をのせる。
「蓬山《ほうざん》とやらに行こうか。大任をもぎとりに」
もはや肩に感じるのは男の掌《てのひら》の重みだけ。生を受けて十三年。十三年ぶんの命が背負うにはあまりに重い一国の運命を、任せるべき相手に委《ゆだ》ねることができたのだ。──それが良きにしろ悪しきにしろ。
六太は軽く肩を叩いて離れてゆく男を振り返る。
「──頼む」
何を、とは言わなかったが、男はただ笑った。
「任せておけ」