出ていく娘を見送って、男は腕にぶら下がるようにした少年を見た。彼は軽く息を吐《は》き、腕を解いて笑う。
「……彼女を助けたんじゃない。兄さんを助けたんだよ」
「俺があの小娘にしてやられるとでも言うのか」
「あの度胸は尋常《じんじょう》じゃないよ。——それに」
夕暉は娘が去った戸口を見やる。
「物騒《ぶっそう》なものを持ってた……」
「——え?」
「褞袍《がいとう》を椅子《いす》にぶつけたとき、重い音がしたもの」
夕暉は目を細める。
「……長さからすると太刀《たち》だね」
男たちはいっせいに戸口を見やる。
陽子は釈然《しゃくぜん》としないまま、うらさびれた通りを歩いた。
——なにかある。
あの大男、確かにあれは北韋《ほくい》で見かけた男だった。しかも宿に溜《た》まった男たち、どれも厳《いか》つく、不穏な気配をしていた。ただの客とは思えない。——しかも、あの少年。
軽く眉《まゆ》を寄せて広途《おおどおり》へ出ようとしたときだった。
陽子は顔を上げた。先に見える途《みち》の出口、そこから悲鳴が聞こえた。一人、二人の悲鳴ではない。大勢の人間があげる声、そうして車の走る音と、馬の蹄《ひづめ》の音。
陽子は小途《こみち》を走る。広途に飛び出し、そこを去る馬車と立ちすくんだ人々を見た。——そうして、道に倒れた子供と。
傾いた陽射しが白々と広途を照らしていた。