——なにかあったのだろうか。
広途《おおどおり》には奇妙な空気が流れていた。
「このくらいの……子供を見ませんでしたか?」
鈴はともかく周囲の人を捕まえて訊《き》き、しぜん、人だかりに近づいていた。たくさんの人が集まっているのに、そのあたりだけは静寂に包まれている。
「あの——蜜《み》柑色《かんいろ》の髪の子を——」
尋《たず》ねた人垣《ひとがき》の向こうから、声がかかった。
「——それは、この子か?」
鈴は人混みをかきわけ、その場に凍《こお》りついた。途に膝をついた人影と、その間近に倒れた子供。
「——清秀!」
倒れたのだろうか。近頃、本当に具合が悪そうだった。
駆《か》け寄った鈴は、愕然《がくぜん》とした。どうして——こんなに血が。
「清秀!」
鈴は膝《ひざ》をつき、周囲の人影を見渡した。
「なにがあったの? 誰か、お医者さまを!」
「……もう、間に合わない」
鈴はとっさにその静かな声の主を振り返った。
「お医者さまを……呼ばないと……」
「さっき、息が絶えた」
鈴は目を見開いてその相手を見つめた。鈴と同じか、少し下の年頃だろうか。紅《くれない》の髪が染《そ》め抜いたようだった。
「うそ……」
「——名は?」
鈴は首を振った。そんなことを話している場合じゃない。早く、一刻も早く手当てをしなければ。
「もしもあなたが鈴というのなら、泣かないでほしい、とこの子が言っていた」
言って彼——それとも彼女だろうか——は目を伏せる。
「……たぶん、そういう意味だと思う」
「うそよ……」
鈴はその身体に触れた。指の先に、まだ暖かい。
「清秀——」
このひどい傷はなんだろう。よく似合うせっかくの髪の色が斑《まだら》になってしまっている。どうして手も足もこんなに歪《ゆが》んでいるんだろう。どうして胸がこんなに窪《くぼ》んでいるのだろう。
「……うそ、でしょ……?」
だってこれから堯天《ぎょうてん》に行くのに。景王《けいおう》に会って、治《なお》してもらうのに。
鈴は敵から取り返すようにして子供の身体を抱き寄せた。
「なにが、あったの」
「分からない。わたしが駆《か》けつけたときには、この子はもう倒れていた。——たぶん馬車に轢《ひ》かれたのだと思う」
「誰が?」
鈴はその場を見渡した。犯人を求めて。見渡した誰もが首を振る。
「——ひどいわ!」
誰がこんな、と拳《こぶし》を握って、鈴はそれが再三自分がつぶやいてきた言葉であることを思い出した。
「清秀、ひどい、……こんな、誰が——!!」
閉門が近いことを知らせる太鼓《たいこ》が鳴って、ひとりふたりと人垣《ひとがき》から人々の姿が消えていく。泣き崩《くず》れた鈴はやがて広途《おおどおり》に清秀とふたり、とりのこされた。
「——清秀……」
——もう堯天《ぎょうてん》は目の前なのに。