今日もうちの会社の社員同士の結婚披露宴があってそれに出てきたんだが、君のところも社内結婚が多いんじゃないのかな。
だいたい近頃の若い娘が一流企業に入りたがるのは、そこでひとかどのキャリアウーマンになるのが目的ではなくて、要するにお婿さん探しなんだそうだな。それというのも一流企業には一流大学出の毛並みのいいエリートが集まるからで、うまくそれが掴まえられればさっさと結婚して会社を辞めていってしまうんだから、会社もいい面の皮だ。
しかしこれも考えてみれば当り前の話なんだな。「人間はパンのみによって生くるに非ず」というが、パンに困らない人間に額に汗して働けというのがそもそも無理なんで、アメリカのようにキャリアウーマンの本場みたいな社会でも、中流から上の階層に属する家の奥さんで働いているのはごく稀で、ボランティアはやっても金が目当てで働いているなんてことはほとんどないそうだ。
つまりいまの日本は、誰もがその中流に近くなってしまったのだから、女に働くということにもっと真剣になれと要求すること自体無理なのかも知れない。
男女雇用機会均等法が出来て、多くの会社が大卒女子の新入社員に一般職と総合職という二つのコースを設けてそのいずれかの選択を求めるようになった。総合職というのはいわばキャリアコースで、男子の大卒同様に幹部への登用機会が開かれているから、当然こちらの方を志望するのが圧倒的に多いと思っていたら、なんとフタを開けてみるとそれが一割弱で、ほとんどは一般職を選ぶというんだな。
これは、総合職になるとたしかに出世の道は開かれはするものの、残業もあれば転勤もあるから、そんなことならいままで通りの職場の花で結構というように考えるせいなんだろうな。それでいながら、「会社は男社会」だとか、「男女差別が依然としてある」と口を尖らせ、その一方で産休や母性保護という逆差別を言い立てるのだから、女という存在は職場にあっても不可解という他はない。
だが、そうはいうものの、この世は男と女で成り立っているのだし、職場もまたその例外ではないのだから、なんとか上手に協調を図っていくしかない。なにしろ、職場で女性軍を敵に回すくらいつまらないこともないし、それで仕事がやり難くなるばかりでなく、妙な風評でも立てられようなものなら、出世はおろかそれが元で会社を辞めなければならない羽目にさえ落ちかねないのだから、怖い。
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会社の中での女性扱いにおける心得の第一条は彼女達に対する物言いだ。
中でも最も気をつけなければならないのは彼女達を「女の子」と呼ぶことだ。なにしろ差別コンプレックスに凝り固まっている彼女達のことだから、「女の子」などという呼称は絶対のタブーなのだ。
近頃は子供達の世界でも女上位で、女の子が男の子を呼び捨てにするのがはやっているそうだが、会社にもその風潮があって、女子社員が男子社員を掴まえて「ナントカ君」と君づけで呼んでいるのをよく耳にする。しかしそれに調子を合わせるのはあまり賢明とはいえない。なぜなら、それによって親しみは持って貰えるかも知れないが、自分達のレベルヘ引き下ろして同じ仲間扱いをされるだけでけっして尊敬は受けないからだ。女は出来ることなら男を尊敬していたい生きものだということを、ここでも忘れてはいけない。
さらに言えば、呼び方は「さん」づけがいい。先輩にあたる女性にはもちろんのことだが、同僚後輩も「さん」をつけて呼んでおくのが何かにつけて無難であり、しかもそういう折目正しさを嫌う女性はまずいないということもある。
冗談がいえるということは、とりも直さずそれだけ親しくなったという証拠で、男同士はからかいや軽い皮肉を含んだ冗談をぶっつけ合うのをむしろ楽しむふうがあるが、いくら親しくなったとはいえ、女子社員には慎んだ方がいい。まして容姿や服装に関してはまかり間違っても皮肉やジョークは飛ばさないことだ。
女というものは、なにも職場に限らず冗談の通じないものと心得ておいた方がいい。それがかりに客の機嫌をとり結ぶのが商売の飲み屋のホステスが相手だったとしてもなのだ。
かなりくだけて世慣れている女性でも、男に較べたらはるかに生真面目《きまじめ》で融通が利かないのが普通だから、若い娘は尚更《なおさら》だと思ってまず間違いない。
女に憎まれないだけでなく、それによって尊敬される皮肉を言えるようになったらそれこそ男として超一流だが、そんな達人はめったにいるものではなく、いい年をして懲りずにいわずもがなの皮肉を言っては嫌われているのが普通だから、君子危きに近寄らず、女に皮肉は通ぜずと、そう思い込んでおくに越したことはない。
冗談でもう一つ気をつけなければならないのは、性的なからかいだ。
昔はよく、通りすがりに女子社員のお尻に触るという好色にして大胆な上司がいたもので、やられる方も(あの人はビョーキだから)と大目に見ていたが、近頃はそうあっさりと許してくれなくなったらしい。
これはアメリカの話だが、職場で上司が女子社員に「今度の週末あたりどこかヘドライブにでも行かないか」と軽く誘ったりしただけで、それを上司の権限を笠にきた「セクシャルハラスメント=性的侮辱」だとして公の機関に訴えられるというケースが、この十年程続発しているのだそうだ。しかもそれに対するペナルティーが、当人に対して数千ドルが科せられるだけでなく、会社に対しても監督責任ということでそれに十倍する罰金が言い渡されるというのだから、お尻にでも触ろうものならそれこそどんなことになるか見当がつかない。
はやりのオフィスラブにしても、二人の仲のこじれようによっては「セクシャルハラスメント」ということにされて訴えられるかも知れず、そうなれば、軽々と女子社員に手が出せなくなるからそれも悪くないなという気がしないでもないが、恐しい世の中になったものだ。
アメリカのそうした傾向は遠からず日本にも及んでくるのがこの戦後四十数年のならいだから、君が中年の上司になる頃にはきっとそうなっているに違いなく、いまから気をつけておいた方がいいかも知れない。
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日本にキャリアウーマンが育つかどうかということとは別に、女性の職場進出が今後一層盛んになるであろうことはどうやらたしかだ。ということは江戸城ではないが職場に大奥が出来るようなものでもあるわけで、これがまた男には想像も出来ない凄い世界なのだそうな。
人間が寄り集まればその必然として派閥が出来るのは自然の理だが、仄聞《そくぶん》するところによれば、男のそれに較べて女の徒党性というのはあまりにも素朴あまりにも露骨で、その対立にはむき出しの敵意が露《あらわ》になるという。そしてその党派のボスは大奥並みに表の権力にまで隠然たる影響力を持つ場合があるというから怖い。といって、その女のボスにとり入ってご機嫌をとり結んだ方がいいなどというつもりはなく、むしろ逆にそしらぬ顔で超然としているべきなのだ。
女というものは、自分のいいなりになる従者のような男を重宝がりはするが、けっして敬意に基づく好意を抱いたりはしないものだということもまたたしかだからだ。
男と女の間には深くて暗い河があるというが、泳ぎ下手は河を渡ろうなどと思わないに越したことはない。