この前、とあるファッション誌の「憧れのブランド特集」とやらを読んでたら、「エルメスのグローブホルダーをついにゲット。さっそくケリーバッグに付けてます!」という読者からの喜びの声が載っていて、私は思わずグフフと邪悪な笑いを洩らしてしまったのであった。
ああ、エルメスのグローブホルダーねぇ。それ、私も持ってますよ。
思い起こせば数年前、エルメスというブランドが私の中で神々しく光り輝いてた時代があった。もう買いまくりましたよ、エルメス。阿修羅のごとく。
とりあえず最初の目標は、ケリーやバーキンといったハンドバッグを手に入れることである。これが、ひとつ四十万〜八十万円するうえに、常に売り切れ状態でなかなかゲットできないという、まさに「高嶺の花」的存在。エルメスの戦略なのかどうかは知らないが、非常に購買意欲をそそるシステムなのだ。
で、苦労して件《くだん》のバッグを手に入れたら、今度はそのバッグを飾りたてる小洒落たアクセサリー類が欲しくなる。
グローブホルダーってのは、そのアクセサリーのひとつで、バッグに手袋をブラ提げるための小道具なのだ。その際、バッグも手袋もエルメスの製品でなくてはならないのは、言わずもがなの鉄則である。
ほら、車を購入したら、いろいろと付属品をつけたくなるでしょ。あれと一緒ですよ。
そんなワケで、「エルメスのバッグにエルメスのグローブホルダーを付けて、エルメスの手袋をブラ提げて歩く」というのが、マニアの間ではひとつのステイタスになってるのだが……。
問題は、そのグローブホルダーのデザインと実用性である。
まず、デザイン。初めてそれを見た人は、例外なくこう言うであろう。
「ねぇ、なんでハンドバッグに洗濯バサミ付けてんの?」
そうなのだ。エルメスのバッグの格を高めてくれるありがたいグローブホルダー……だが、それは、何の知識もない人にとって、金色に輝くゴージャスな洗濯バサミ以外の何物にも見えないのである。
ブランド物にありがちな「裸の王様」現象ですな。持ってる本人だけが鼻高々で、周囲の人間には「何、それ?」って感じの無意味なシンボル。
おーい、王様がバッグに洗濯バサミをブラ提げて、得意になって歩いてるぞ〜、てなモンだ。
だが、エルメスの魔法にかかった人々は、その中傷にもめげず、「フン! 何が洗濯バサミよ(確かに似てるけど)。このグローブホルダーの価値がわからないなんて、ビンボー人は困るわねぇ」などと、ことさらに相手を見下して優越感に浸るワケだ。
恐るべし、魔法使いエルメス(そういえば、エルメスってのは、中世の錬金術師たちに崇められた魔法の神ヘルメス・トートと同名ですな)。その魔法は、永遠に解けないのだろーか?
いや、それでもある日、唐突に魔法の解ける瞬間があるのだ。
私の場合、その瞬間は、グローブホルダーを装着して数カ月たった頃だった。
せっかく手に入れた洗濯バサミだが、どうやら不良品だったらしい。とにかく、よく落ちる。気がついたら路上に、クシャクシャになった手袋が落ちてる。このぶんじゃ、大切な手袋を失くす日も遠くはなかろう。
しかも、手袋なんかよりもっと大切なケリーバッグにも異変が起きた。
硬い金属のグローブホルダーをブラブラさせてたおかげで、柔らかいボックスカーフのバッグの表面に無数の傷がついてしまったのである。
あああーっ、私の大切な、大切な大切なケリーちゃんが傷だらけっ!!! 四十万円もしたのに、アッとゆー間にボロボロだぁ——っ!!!
その時の私のショックを、お察しいただけるだろうか?
何が「お洒落なグローブホルダー」だ! 役立たずどころか、バッグに傷までつけやがって、許さん!
「エルメスのバッグは一生モノ」と人は言うけど、グローブホルダーは、それを一瞬モノにしてくれたのであった。ありがとう、グローブホルダー。キミのことは一生忘れない……死ぬまで忘れるもんか。金返せ、エルメス!