以前、読者の方から「歯の美白モノを取り上げて欲しい」というリクエストをいただいた。
ところが、手紙に同封されていた商品の資料にメーカーの電話番号が記載されてなかったため、注文方法がわからず、入手することができなかったのであった。リクエストをくださった方、どうも申し訳ありません。
しかし、私は根が律儀な人間だ(と、自分では思ってる)。
「歯の美白モノを取り上げて」というご要望を忘れたワケではなく、こうして見つけてきたのであるよ。「ハニックEX」という名の、歯のマニキュアだ。
この「ハニック」なる商品は、歯のマニキュア業界における老舗だと思われる。確か二十三年ほど前、私が高校生であった頃にも、すでにこの商品は存在してたような気がするのだ。当時から、「歯は真っ白でなければならぬ」という頑《かたく》なな信仰が世にはびこっていた証であろう。
まぁ、「明眸皓歯《めいぼうこうし》」なんて言葉もあるコトだし、昔から白い歯は美人の条件だったに違いないが、それにしても昨今の「白い歯信仰」は凄まじく、おかげで松田聖子の旦那様のような美容歯科医が大儲けする時代なのである。
まったくねぇ、「痩せてなきゃいけない」とか「顔は小さくなきゃいけない」とかさぁ、美人の条件が増えれば増えるほど、こっちはコンプレックスの数も増えてって、ますます金を遣うハメに陥るワケだよなぁ。「男はつらいよ」とボヤいたのは寅さんだが、女だってつらいんだぞ、バカヤロー!
そんなワケで、ボヤきつつも「ハニックEX」を試してみた私であります。値段は一本三千円。美容歯科で歯を加工してもらったら数十万円はかかるそうだから、これは大変にお手軽な美白商品だ。もっとも、塗る手間はお手軽じゃないけど。
いやぁ、何が大変かって、あなた、使ってみりゃわかりますよ。なにしろマニキュアを塗って乾かすまでの三分間(実際にはもっとかかった)、決して歯を濡らしてはいけないのである。言葉にすると簡単だけど、本来、口の中は常に唾液で濡れてるものだから、これがもう油断ならない数分間なのだ。
まず、唇と歯茎の間、舌の付け根などにカット綿をギュウギュウに詰めて、絶え間なく分泌する唾液を吸い取らせ続ける。
そして、歯をむき出して「イー」をしながら、ムラなくマニキュアを塗り(これがけっこう難しい)、そのままの状態で乾くのを待つ。カット綿を詰めたまま、「イー」をしたまま、待ち続けるんだよ。この数分間の顔は般若《はんにや》のように凄まじく、絶対に誰にも見せられない。まさに、美への執念が女を鬼と化す瞬間である。あな、恐ろしや。
しかしまぁ、たかが数分間の辛抱じゃないか、完全に乾いてしまえばもう安心……と、思いきや! そうもいかないんだなぁ、これが。
首尾よく塗り終えたものの、今度は「いつハゲてくるか」が心配で、気もそぞろ状態なんだよ。喋っていても気になる。コーヒーを飲んでも気になる。心はずっと口元に集中している。
しかも問題は、絶対にモノを食べちゃいかんというコトである。私の場合、ついつい誘惑に負けて春巻きを食べたら、途端に歯の先がボロボロに剥がれてきてしまった。
化けの皮が剥がれるとは、このコトであろう。なまじ真っ白に塗ってるから、よけいに剥がれた箇所が汚く見えて、そりゃもう悲惨な光景だ。外出先のトイレで、口にカット綿詰めて塗り直すワケにもいかないしな。
結局、一時的に白い歯を手に入れても、気苦労は絶えないのである。大切なデートの日、出かける前に般若顔で歯にマニキュア塗ってコンプレックスを解消しても、その日は彼とお食事さえできないのだ。万が一にも途中で化けの皮が剥がれてきたら、もはや口を開けて喋るコトも笑うコトもできなくなる。
お人形さんのように口もきけずに飲まず食わずで微笑んでるだけの美女……なんだか人魚姫みたいで悲しいぞ。これで王子様にフラレたら、それこそすべては人魚姫のごとく海の泡……じゃなくて水の泡だ。
チッ、くだらねぇ。白い歯がなんじゃいっ……というのが、今回の私の結論である。でも、美容歯科医の夫は欲しいよな。