つい数週間前のコトである。例によってフラフラと街にさまよい出た女王様は、紀尾井町の「フェンディ」で、とてつもなくかわいい毛皮のベストを発見してしまったのであった。
そもそも女王様は、めっぽう毛皮に弱い。それも、ミンクやらチンチラやらウサギやらリスやら、罪のない愛らしい小動物の毛皮が大好きなんである。なんと、地球にやさしくない女であろーか。ディズニー映画なんかだったら、文句なしに悪役だね。森の仲間たちを殺して身にまとう残虐で欲深な女王様……こりゃもう、動物愛護協会から、いつ、刺客が送られてきてもおかしくない存在だよな。
ま、それはともかく。
女王様がフェンディで見つけたのは、茶色のウサギのベストであった。フカフカした手触りとシンプルなデザイン。たちまちポーッとした女王様は、さっそく試着室で着てみたよ。
なんと、サイズもピッタリ。思ったとおり、すっげぇかわいい。いや、私がかわいいんじゃなくて、ベストがね。
そもそも毛皮は肥って見えるから要注意なのだが、心配したほどデブには見えない。さすが、フェンディ。きっとカッティングだか縫製だかの職人が一流なんだわ。やっぱ、一流ブランドは違うわよ。ホホホホッ!
で、もちろん女王様はそのベストをお買い求めになり、ワクワクしながら帰宅して、鏡に我が身を映してみたらば、
「あんた……誰———っ!?」
そう。鏡の中に映っていたのは、さっきブティックで見たのとはまったくの別人……茶色い毛皮のチャンチャンコを着たマタギであったのだ!
マタギだよ、マタギ。わかるか? 雪山の中で熊とか撃ってる猟師のオッサンだよっ!
女というよりはオヤジに近い、そのふてぶてしい体型。顔は大きく首は短く、胴回りはボッテリと肉厚、脚はあくまでも太く短く……って、おいこら、ちょっと待て! なぜなんだーっ!?
ブティックの鏡には、あんなにかわいく映ってたのに……なんで、家に帰ったら、いきなりマタギに変身してんだよっ!?
しかも、デブだ。許せないほどデブなんだよ。毛皮なのにスラリと美しく見せる、フェンディの一流職人の腕は、どうなったんだぁ———っ!!!
でも、よくよく思い起こしてみれば、こーゆー体験は初めてではなかった。むしろ、以前からずっと、不思議に思っていた現象なのである。
どうして、ブティックで試着した時には「いーじゃん、似合うじゃん」と思った服が、家に帰って着てみると、全然似合わなくなってるんだろーか? これは、女王様にとって、エジプトのピラミッドよりも謎に満ちた、世界の七不思議だったのだ。
ねぇ、皆さん、なぜだと思います? この超常現象に対して、私が思いつく理論的な答えは、ふたつしかないよ。
ひとつ。ブティックの鏡にもマタギが映っていたのに、女王様は物欲と自己愛に目が眩《くら》んでて、正しく認識できなかった。
あるいは。ブティックの鏡はとんでもねー嘘ツキの詐欺野郎で、女王様はまんまと騙されたのであった……そーか、ちくしょー。「白雪姫」でお馴染みの魔法の鏡ってヤツか。そして私は、マヌケなお妃かよ。
しかしな、フェンディ。もしも、てめーんとこの鏡が嘘ツキ野郎だとしたら、女王様は許さんぞ。ウサン臭い安売り屋ならともかく、一流ブティックが嘘ついてどーする! 嘘つかないから、一流なんだろっ!? あたしゃねぇ、マタギになりたくて十五万円も払ったんじゃねーんだよっ!
そんなワケで、フェンディの鏡に大いに疑惑を抱いた女王様なのであるが……しかし!
その後、ますます納得いかない現象が起きてしまった。私が憤慨して脱ぎ捨てたベストを、夫が目ざとく見つけて着てみるや……あーら、不思議。とっても似合うわ。ちょっと、これ、どーゆーコトなのよ!?
ブランド物の服は、着る人を選ぶ。すなわち、フェンディは私を選ばず、夫を選んだのであった。金にモノ言わせて美女を手に入れたものの、とっとと若い男に乗り換えられたオヤジみたいな気持ちだよ、あたしゃ。
クソ、よくも恥かかせやがったな。覚えてろ、フェンディ!