私には、選挙権がない。いや、ホントはあるんだけど、私自身が、自分に選挙権を認めてないのである。考えてもみて欲しい。都民税を滞納してる私に、都知事を選ぶ権利なんぞ、あるだろーか? いや、ない。絶対ないね。そんな不条理、都が許しても私が許さん。
世の中、金を払わんヤツには、何も要求する権利がないのである。水道料金を滞納すれば、水道は止められる。電気もガスも、同じコト。しからば、都民税を滞納してる私が都知事選に参加する権利を有していいはずがないではないか。うーむ、なるほど。自分でも惚れ惚れするほど、もっともな理屈である。
てなワケで、都知事選には並々ならぬ興味を持ちながら、身の程を知って、あえて選挙権を行使しなかった謙虚な女王様であったのだが……しかし!
そんな女王様に、「てめぇ、もっと身の程を知りやがれ!」と言ってきたヤツがいる。何を隠そう、港区役所国民健康保険課である。
じつは数日前、病院に行った女王様は、そこの受付で大恥をかいてしまった。女王様の保険証が、遠慮がちに差し戻されたのである。
「あのぉ……この保険証、期限切れですよ」
「ああっ、すいません! やだ、どうしよう……」
「いいんですよ。切り替え時期ですから、ウッカリなさったんですね。今度、新しい保険証を持ってらしてください」
病院の受付の女性は優しく言ってくれたのだが、女王様の心は不吉な予感にザワめいた。
保険証の切り替え時期ですって!? でも、新しい保険証なんか受け取った覚えがないわ。もしかして、私、ウッカリと捨てちゃったのでは……!?
住民税だの保険料だの国民年金だの、女王様が滞納してる公共料金は数知れない。そして度重なる督促に脅える女王様の脳には、ついに独特のブロック・システムが作られてしまった。すなわち、区役所等から来る封書は速やかにウッカリとゴミ箱に葬られ、二度と思い出すコトのないよう、記憶にも封印が施される仕組みである。
大変便利な仕組みだが、たまに督促状以外の大切な書類までゴミ箱行きにする危険性もあり、そこらへんのセキュリティ・システムの完成が目下の課題となっているのだ。
あーあ、そのうち、こんな日が来るとは思っていたが、やっぱりやっちまったか……。
女王様は嘆息し、しぶしぶ区役所の保険課に電話をかけたよ。
「もしもし、あのぉ……新しい保険証、届いてないみたいなんですけど……?」
「申し訳ありませんっ!」
電話口に出た女性は、心の底から恐縮した口調で答えた。
「こちらの手違いかもしれません。お調べしますので、少しお待ちください!」
そして、待つコト数分……次に電話口に出たのは、先ほどの物腰柔らかな女性ではなく、心なしかフテた口調のオヤジであった。
「あーもしもし? 中村さん?」
「………」
あ、なんか悪い予感。女王様の顔から血の気が引いたね。
このテのフテオヤジの口調には、心当たりがある。己の立場が有利であるコトを知っている者の、余裕の声音……しまったぁ! おまえは督促係だなっ!? ってコトは、もしかして……!?
女王様の危惧は当たった。保険料滞納のため、女王様には新しい保険証が交付されなかったのである。
どひゃあ、恥ずかし〜! ついに保険証まで差し押さえられたとは、中村うさぎ、人間失格もここまで来たら本物だ。生まれてきて、すいましぇ——ん!
選挙権なんかいくらでも自粛できるが、さすがに虫歯やインフルエンザは自主規制できない。保険料滞納してるクセに、図々しくも保険証を使い続けていた厚顔無恥の女王様に、ついに政府から怒りの鉄槌《てつつい》がくだされたのであった。
バカも——ん! 金払え、中村——っ(by納税課)!
諸君、女王様はこれから、膨大に溜まった国民健康保険料をなんとか捻出するため、ただちに金策に走らねばならぬ身の上だ。家の中で、ノホホンと原稿書いてる場合じゃねーんだよっ!
そんじゃ、行ってきまーす!