「いつも、つららを想像するんだ」。彼はそう答えました。「氷の雫の、あれかい」「そう、限りなく尖った、この世のどんなものよりも先の尖った、そんなつららのことさ」。彼は異常なまでの熱心さで、つららの説明を始めました。水晶の原石にも似た白濁の透明感。何処までも細く、先は原子さえも存在しない程、砥ぎ澄まされている。最大に一次元に近づいたつららの先からは、時折きらりきらりと水滴がこぼれ落ちる。誰も触れることは出来ない。その尖端が存在するということだけで、もはや充分なのだ。
「そんなものになりたかったんだよ」。つららの他にも、彼はあらゆる「尖ったもの」を順に誉め讃えていきました。鉛筆の先からコンコルド、蜜蜂の針からやじろべえの脚まで。そして一通り羅列し終えると、その中でもやはりつららが最高だと結論を下すのです。「刃物は駄目だね。刃物の鋭さは相対的で、肉体的だろ。つららが素晴らしいのは、その鋭さが純粋に独立しているからなんだ」「山の頂上は?」「山の頂上か……、あまり興味ないな」。彼はそう云うと、目の前のかき氷をスプーンにとり、愛しげに口に含みました。かき氷もきっと彼の「尖端愛好癖」をくすぐるのでしょう。
「僕は自分を人より偉いだなんて思ったことはないんだ。出来るだけ、いろんな人と仲良くやっていきたいと望んでいる。それでも皆は、スターにでもなりたいんじゃないのかって、噂をした。自分が特別だと思っていやがる、と罵られた。勿論、特別にはなりたかった。だって、つららの先は最小の面積しかないんだから。特別であるのは必要条件なんだ」「淋しくないの?」「なくもない。だけど、つららのことを考えるとね、もう、うっとりとしてしまうんだ」。
僕はふと、一人の少女のことを想い出していました。「エキセントリックな振りをしているんだろうって、軽蔑されたわ」。道端の柊《ひいらぎ》の葉を摘みとって食べたのです。「美味しいだなんて思わなかったわ。バカじゃないもの。だけど、口に含んでみたかったの」。彼女は或る朝、大きなミシン針を飲み込んだことが原因で、この世を去ってしまいました。彼女もまた、尖端に憧れていたのでしょうか。
「落下する水滴が運動速度の時間軸を超えて、結晶化するんだよ。物質が時間を停止させようとすると、三次元には留まれない。尖端はそのことの象徴なのさ」
僕のかき氷は、すっかり薄味のいちご水へと変化してしまっていました。