ねぇ、君、台風も遣り過ごし、朝なら少し肌寒い、こんな季節にはもう、二人で仲良く心中いたしましょうか。
今時そんな流行らないことをするのは、クラシカルな恋愛故の、酔狂に違いありません。とりたてて理由なぞありませんが、僕達は愛しあっているのです。愛しあっている二人は、やはり心中しなければなりません。お揃いの白装束や指を赤い糸で結ぶのは、ちょっぴり恥ずかしいのでやめておきましょう。霧深い湖にボートを漕ぎ出し、睡眠薬を飲むのが一等ロマンチックだと思うのですが(二人で口に押し込みあいましょうね)、どんなものでしょうか。
低く輝くお月様、昨日買ったばかしのマーブル柄の万年筆と世界文学全集をボートに積み込んで……。いつか君は云いましたね。
「世界が終わる日、そう、或る日突然にみーんないなくなっちゃう日。私は、きっと誰もがいつものように同じ生活を続けると思うの。駅員さんは切符を切って、会社員は五時まで会社で働く。何事もないように、当たり前のように、静かに終末を迎えるの。私は最期の食事のサンドウィッチを食べ終わった後、この歩道橋の上で待っているわ。貴方は来て下さるのかしら。こうして立ち話をしながら、あっさりと死んでしまう。それを想うと、幸せで胸が苦しくなるわ」
世界は愉しかったですか? 君と食べたT町のフランス料理は、高かったけれど本当に美味しかったですね。幾許《いくばく》かの人が嘆き悲しむかもしれませんが、死んでしまえばこっちのもの、知ったことではありません。今更デカダンスでも、純愛悲恋でも、ニヒリズム(これはちょっと素敵かも)でもありませんが、心中という響きの甘美さよ。人間、死ぬのは一生に一度ですから、納得出来る死に方を選ばなくてはなりません。
「お気に入りの歌もみつかったし、一番好きな本もある。とっておきの風景もいえるし、毎日着ても飽きないワンピースだって買った。これから先、それ以上のものがみつかるかもしれないけれど、限定された生活も素晴らしいわ。私の生活は行く先々で色を選択していく塗絵タイプではなくて、あらかじめ決められたピースをみつける為に進んでいくパズルに似ているの」
全てのものが愛しく、いつもより少し早めに登校する遠足の、朝の景色のようです。校庭の木につき始めた小さな実は銀杏でしょうか。もう少し勉強しておけばよかったですね。心地よい後悔を遺しながら、左様なら。屍体って美しくないらしいのですが、まぁ、細かいことは気にしないでおきましょう。