ガンノロ——癌ノイローゼにかかったことがある。もう十年前のことだ。
その頃、知っている人が次々と癌で死んだ。そして癌についての記事があちこちに出ていて眼につくことが多くなった。
阿川弘之はその頃、風邪を引いて声がかすれたのだが、自分はきっと喉頭癌にかかったにちがいないと考え、一日、布団をかぶって寝ていた。
客がくると、口で話すかわりに指をうごかし、
モノガイエナイ。
と字を書いて相手にみせた。
ネツガ、シチドモアル。
七度の熱でもう死にそうな顔をしているので客は皆びっくりするのだが、阿川の場合は七度で高熱なのだそうである。
しかしそんな彼のガンノロ話をきいても、私には笑えなかった。私のほうも癌ノイローゼだったからである。
田崎博士という癌の大家が、当時、三十歳をすぎて腹具合がおかしければ癌を疑ってかかれと言われたとか人に聞いて以来、私は一寸でも腹腔が佳でないと、ただちに胃腸病院にとんでいって、バリウムを進んでのみ、レントゲンをみてもらうまでは安心できなかった。
私は米を食う日本人は胃癌になりやすいと聞くと、ただちに米をやめて麦飯にした。家族はいやだと言ったから、食卓でみなが食べる白米を恨めしそうに見ながら、まずい麦飯をたべた。
医者は、
「大丈夫、癌ではありません」
と言うが、癌患者に癌という筈はないからその医者の宣言だけでも安心できなかった。
鼻がつまると、上顎《じようがく》癌にかかったのではないかと思い、そのため半日ついやして虎の門病院にいった。
皮膚のホクロが皮膚癌になると聞くと、真剣にホクロをとろうかと考えた。
今、思えば馬鹿馬鹿しい話である。
私はまた当時、アスファルトの路をさけるようにして歩いていた。アスファルトにコールタールを使っていたからである。コールタールは発癌物質でこれを兎の耳に塗りつけておくと癌になったと何かで読んだからだ。
そして癌にならぬために、青汁といってある植物の葉をミキサーにかけた実にまずいジュースをのみ、麦飯をくい、泥土の地面を歩いているうちに、遂にフラフラになってしまった。
今、思えば馬鹿馬鹿しい話である。
その頃、『私は癌ビールスを発見した』という本が出て、その著者のH医師が自分の作ったワクチンをうてば癌の予防ができると書いてあるのを見て、その医師の研究所なるものに行った。
そして彼がみせてくれた癌ビールスの写真を眺めているうち、この人はインチキなのではないかと急に思った。
私はそれから彼のワクチンは買わず、ひそかに友人の医師にきくと、果せるかなその医師の発見したビールスは学界でも全く問題にされていないことがわかった。
それがわかると同時に、私は眼からウロコが落ちたように自分の癌ノイローゼからたちなおった。
今でも勿論、病気になるのはイヤだ。
しかしノイローゼにはならない。年に二度、バリウムをのみ、レントゲンはとるがほかのことは何もしない。もちろんアスファルトの道も歩いている。