久しいこと庵《いおり》にとじこもって文明の湯に浴さず、戯れるものといえば、春は花、夏は鳥、秋は月、冬は雪と、さながらコイコイかバカッ花のような風雅な毎日を送っている拙者であったが、感ずるところあって、活動大写真を久しぶりに見んものと、勇んで東都に赴いたのであった。というのは、
「爺さん、映画など長いこと見んだろ」
遊びに来た泉という青年にいわれ、
「ああ、見んのオ。わしが映画を好んでみたのはメダマのマッちゃんや阪妻の時代だったからな。最後に見たのは、何だったか。新興キネマの大友柳太郎、初出演の�サムライ日本�ちゅう映画だったな。高杉早苗や桑野通子をスクリーンでみるたび胸ときめかしての、イ、ヒ、ヒ、ヒ、ヒ——あの女優らは今も健在かの」
「冗談じゃねえよ。高杉なんて、もうお婆さんだぜ」
「はて?」
「桑野なんて、その娘のみゆきが活躍してらあ。母親のほうはとっくに死んじゃったよ」
「はて? 面妖《めんよう》な」
「爺さん、何も知らんのだなあ。有馬稲子なんていう女優知らんのか」
「知らんな。むかし有牛麦子という女優がおって、えろう、のぼせたが……」
「じゃあ、前田美波里は」
「イバリ? 前田し尿《いばり》とはこれ奇妙な芸名であるの」
「イバリじゃない。ビバリだ」
というわけで、浦島太郎さながらな老いの無知を、この青年にさんざん嘲笑され、「今じゃ、映画も大型だぜ。色彩だ。しかたねえなあ。じゃあ、連れていってやろう」