「コックリさん」という占いを諸君、ご存じか。
もう二十数年前、三田の書生のころ、ある悪友がな、わしを誘って、芝の一軒の家につれていった。その家には出戻りの若い女性がいて、それが奇麗なくせに何かに憑《つ》かれたような顔をした人で、
「この人あ、コックリさんをやるんだよ」
と悪友がいった。
「コックリさん?」
わしがききかえすと、
「夜になったら、やろう」
と悪友はその女と笑ったな。
夕暮になって、晩飯くって、それから夜がきた。コックリさんをいよいよやる時刻になったのである。
まず電気をうす暗くした部屋で、イ、ロ、ハ、ニと一つの文字を書きつけたカードを机の上に並べた。そして三本の箸の先端を紐でくくり、その一本ずつをわしと悪友がもった。窓をあけて女は大声でいった。
「コックリさん。コックリさん。何卒、わたしたちの質問にお答え下さい」
それから女はわしにむかって、
「さあ、何でもコックリさんにたずねてごらんなさいよ」
「そうだな」わしは唾をのんで考えた。
「俺、将来、何になるかなあ、それをコックリさんに訊ねたい」
と、二人がもった箸が何かに押されたように急に動きはじめた。だれか見えない手が勝手に箸を引きずっていくようである。箸の先は、机にならべたカードの「シ」の字にむかって進み、次に反転して「ヨ」の字をさした。眩暈《めまい》のしそうな感覚だったな。
「ショ……」
女はわしらの代りに声をあげて読んだ。
「ショ……セ……ツ……カ」
「小説家? へえ。俺がねえ」
その時のわしは思わず苦笑したが、小説家になろうとは毛頭考えておらんかったからだ。かかる荒唐無稽の返事をきいても、フフンのフンとなった気持で信じられなかったのだよ。
その夜、色々な質問をだし、色々な答えをカードと箸とが答えたのだが、未だに耳に記憶に残っとるのは、この「ショ……セ……ツ……カ」と大声で読んだ女の声だ。
それから二十年、わしはともかく小説家になったが、それにしてもそれを予言したあのコックリさん遊びとはそも一体、何であろうとふしぎでならぬ。