三浦は母家のベルをならし、女中をよんだ。寝まき姿の女中はねぼけ眼で、「変なことがありまして」と言った三浦に「ああ、そうですか」と答えただけである。そして黙って母家の部屋に寝床を敷いてくれた。こちらも黙ってそこに横になった。口に出すのも不快な嫌な気がしたからである。
翌朝、空は切りぬいたように碧《あお》かった。私と三浦は離れにおいた荷物をとりに入ったが、あの部屋にも冬の陽がさしていた。何も変ったことはないのである。とすると、あれは私の幻聴で、三浦の幻覚なのであろうか。しかしそうだとしても、同じ場所で同じ時刻、幻覚、幻聴が二人の人間に同時にありうるか、今もってわからない。
我々は早々に東京に引きあげてきた。温泉に手足を伸ばすどころではなかったからである。帰宅すると、私は原因不明の熱をだして三日間ねこんでしまった。
三浦は奥さんの曽野綾子に事の次第を話したが彼女は信じなかった。
「あなた、遠藤さんとどこかでワルいことしてきたから、そんなこと二人で作ったんでしょ」
と彼女は言ったそうだが、曽野さんよ、この話は本当なんです。