だがそれから一ヵ月たっても二ヵ月たっても肝心のS氏からは連絡がなく、たまりかねて近藤を通して打診してみると、
「いやア、あの企画を某映画会社にもちこんだのですが、どうも向うが頭が古くてですねえ、冒険を好まんのです」
かくて我々の夢はむなしく消えたが、承知しないのは主演女優候補を夢想していたホステス諸君で、当分の間、そのことばかり我々は彼女たちからブツブツ言われたものである。事情やむないものあるとは言え、あれはホステスさんたちに本当に申しわけないことをしたものだ。ごめんなさい。
近藤は先年から、犬にこりはじめ、紀州犬と柴犬の立派なのを飼いはじめた。彼はその犬の一匹を品評会につれていったところ、体格、健康、ずばぬけているにかかわらず、鴨川のような静かなところに育ったこの犬はラウドスピーカーの大きな音に馴れてない。ビックラして暴れたため、無念、落選してしまった。
切歯したわれらがコンケイは、以来、この犬をテレビの前にすわらせ、テレビの音のボリュームをものすごくあげて、大音響にも驚かぬという訓練をやりはじめた。
吉行と私とはこのコンケイの犬の子供を先年おのおの一匹ずつもらったが、胎教というものは怖ろしいもので、この仔犬は、多少の音などには一向に動じない。体格、健康、親に似てずばぬけているが、喜怒哀楽の表情がほとんどない。近藤が母親をテレビの前に坐らせて訓練したおかげなのである。