日念暮亭主人の増築祝に、この珍レコードを進呈するほうがかえって風流と思った私はその日、その二枚を紙につつみ、我家を出た。曇った寒い日であった。だが木の香のにおう日念暮亭には既に二十人ほどの客が火をかこみ徳利傾けて談論風発、なかに瀬戸内晴美さんと河野多恵子さんの二人の姿がみえた。
お二人に会うのはこれが始めてだったが、かねてから日念暮亭主人を通してこの二女性に親愛感をもっていた私はレコードを膝におき、そっと二人を窺《うかが》うと、まあ、何と対照的であろう。瀬戸内さんのほうはパパッ、パパッと酒をのみ、たえず周りの人に話しかけ、その口の開閉、さながら機関銃のごときである。一方、河野さんのほうは全く口をきかず、さながら嵐寛寿郎のように口をまげ、ただタバコをプカー、プカーとふかし、酒をグビリ、グビリと飲むだけなのである。思わず、
(さえずり娘にダンマリ娘!)
心のなかで私は叫んだのであった。
酒をのむと私もおしゃべりになる。かけつけ三杯からはじまって次第にピッチをあげた私は、たえず瀬戸内さんの口の開閉をうかがい、
(さえずりでは彼女に負けんぞ)
負けじとペチャクチャしゃべりだしたが、私の口の開閉速度をマッハ五十とすると、瀬戸内さんは九十ぐらいらしく、次第に彼女の弁舌に押されはじめ、口がくたびれてきた。私は最後に降参し、
「いやア、参りました。さえずりの点では人後に落ちぬと自負しておりましたが、あなたさまのようによくしゃべるお方は始めてでござる。とても拙者の太刀打ちできるところではござらん。この上は潔《いさぎよ》く、兜《かぶと》をぬぎ、以後、姉弟の間柄となりたい」
というようなことを現代口語で言い、ここに瀬戸内晴美と姉弟の盃をとりかわしたわけである。
さてこうして姉弟となると、この姉は私以上に好奇心が強く、妙チクリンなこともよう知っていることがわかってきた。チリンチリンと電話をかけてきて、
「あんた、わたし電気アンマ機械を手に入れたの。いえ、買ったんじゃないのよ。向うが二、三日、試しにおいて下さいと言うからおいてるの。坐っただけで体がブルブルっと動く機械よ。あんた使いにいらっしゃいよ」
あるいはまたチリンチリン、
「あんた。面白い女祈祷師がいるわよ。口から真珠がドンドン出てくるの。あなたが生菓子を持っていって祈祷してもらえば、その生菓子からも真珠がドンドンでるのよ。空《から》の徳利に祈祷してもらえば、徳利に酒がドンドンいっぱいになるの」