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ぐうたら交友録83

时间: 2020-10-31    进入日语论坛
核心提示:ストリップ宗教 皆さんおなじみの吉行淳之介氏が、まだ浪々の身の頃、一杯飲屋で飲んでおりますたびに、よう欠け茶碗を箸で叩き
(单词翻译:双击或拖选)
 ストリップ宗教
 
 皆さんおなじみの吉行淳之介氏が、まだ浪々の身の頃、一杯飲屋で飲んでおりますたびに、よう欠け茶碗を箸で叩きながら、世にも恨めしげに歌うた唄がございましてな。その唄というのが、
 
[#ここから1字下げ]
※[#歌記号、unicode303d]アアー(声を張りあげて)アアー おちてこんかなア ねずみがチュウとヨオー 天井裏を走るたびによオ ゼニコがよオー バラバラとオー おちてこんかなアー
[#ここで字下げ終わり]
 
 吉行氏、歌うところのこれを横で酒のみながらつらつら考えるに、実に人生の奥義に徹した唄である。われも亦、心ならずも一日の糧《かて》を獲んために働くことなどやめて、庵に日がな一日寝そべり天井ポカンと眺めおる時、ねずみチュウと鳴いて、穴より札束バラバラ落ちてこんかいなと思うこと、しばしばあり。まこと人の心はふしぎなもの、考えることは同じであったと、ハタと膝を叩いて思いました。
 だが、この世の中に、こうしたわが厚かましい願いをかなえて下さる人はもとより、神仏もおらぬとみえて、どの宗教をたずねても、まず努力せよ、勤めよと申されるばかり。我々グウタラにむいた「グウタラ教」はないとみえます。諦めて鼻くそほじくり、考えこんでおりますと、例のO青年、木戸を押して、
「爺さんけったいな宗教が世間にはあるもんだなア」
「ほう。また、ヘンなものを探しだしてきたな」
 このO青年のS很暫・/T-FONT>精神と好奇心の強きこと、驚くべきものがある。
「あのな、爺さん」O青年ニヤッとうす笑いをうかべて、「伊豆は熱川に生活教という新興宗教があるのを知ってか、知らないでか」
「知らんワイ」
 こいつ、またロクでもない話をしおると腕枕に狸寝入りを装うておると、O青年、声をひそめて、
「これがストリップ教とか言うてね、信者はみな素ッ裸になる。そして祈りを唱えるから妙だて。年頃の娘もこの宗教に入れば生れた時と同じ恰好になる。一糸まとわん裸体でな……」
「なに!」と狐狸庵起きあがり、「若い娘が生れた時と同じ恰好? 怪しからん。何ということだ」
「そうよ。爺さん、変な顔をしなさんな」
「しかと証拠でもあるのかね」
「あるとも、これだ。これだ」
 持って来た写真を畳の上にひろげてみせると、爺も驚きましたなあ。O青年の言う通り三人の娘が素ッ裸の背をこちらにむけ、正面で眼鏡をかけたオッさんが、何やら祈りを唱えておる光景がうつっておるではないか。
 年甲斐もなく爺は顔をあからめて、
「これがストリップ教? それで祈りを唱えておるこの仁は何者だあ」
「このお方こそ世界生活教大司教、神田五朗さん。爺さん、会うてそのお話をきかんか」
 世の中は広いようで狭い。何もないようで何かがある。狐狸庵のようにとも角も年を重ね、シンラバンショウ悉く見尽したと思うておる者も稀にはこういうけったいな話にぶちあたるものである。長生きこそはするべけれ。
 
 さてそれより一週間目——
 霧雨そぼふる新宿の某料亭で、このストリップ宗教の神田五朗大司教にお目にかかった。司教は狐狸庵到着前に既に待ち合わせ場所に到着されていて、
「これはこれは、遅れまして」狐狸庵、両手をついてふかぶかと頭をさげる。「御無礼つかまつる」
 つらつら神田大司教の容貌、風体を拝見するに、大司教の名にふさわしき聖者の面影なく、頭より後光はささず、まこと我等庶民に近づきやすき面《つら》にして、大阪人の申すオッちゃん的なお方である。この人が夏の日曜日などステテコ一枚にて鼻糞ほじくり、ラジオの野球中継など聞き入る姿こそ想いうかべやすく、とてもとても宗教の教祖とはみえぬところが、かえってオクゆかしい。
「ずっと前から……」大司教重々しく申さるるには、「わたしとあんたとがやがて会うべき運命にあると知っておりました」
 まるで佐々木小次郎と宮本武蔵との宿命的な対決のように我ら二人の遅邂逅を前から予見されていたというのだから、さすがの狐狸庵びっくりして、
「ヘエ、我々二人が会うことを」
「さよう。既にわたしにお告げがあったのです」
 狐狸庵はそっと神田氏の顔を窺《うかが》い見たが、大司教は大真面目のクソ真面目、少しも動ずる色がない。やはり一つの宗教の教祖ともなれば、我々俗人には馬鹿馬鹿しくてとても信じられんことを口に出しても、平然とした表情をしておらねばならぬのである。
「このストリップ教の教義とはいかん」
 狐狸庵のこの質問に、大司教、うん[#「うん」に傍点]とうなずき、
「そもそも、人間の心臓は何回うつと思われますか。手の脈は幾つと思われますか」
 まるで医者のようなことを言うから、O青年も狐狸庵もポカンとしておると、
「心臓の循環法則は一分間七三回、体温は三六度五分、呼吸量は一八・二回、この定めを無視して、定め以上のことに慾をもやせば罪や非道になる。この方法を信じないものはワカラズやにして、我々はこの心臓や脈の法則を決して越えてはならんのである」
「それがストリップ教の教義でござりますか」
「教義の中心となる考えであります。わたくしは満州において憲兵などし、その後帰国してヌードのほうのプロダクションなどを経営しておったが、その間、考えに考えぬき、この宇宙の大法則に思い当ったのである」
 狐狸庵、そっとO青年を見ると、平生は天地万物のこと何でも知ったかぶりをするこの男も、まるで狐に屁をかまされたような顔をしてござる。
「つ、つまりですな。心臓が早くなったり、脈が早くなったりするようなことは、してはいかん——こういうお考えですな」
「さよう。それが宇宙の大法則ですから」
 なんじゃい。要するにそれだけのことか。しかし真理は常に複雑にあらず、簡単なりとは、かのショーベンホエル先生も言っておられる。
「でも大司教さんよオ」とO青年、横から亀の子のように首をのばし、
「さっきから見とると、あんたはビールをチビチビ飲まれ、煙草パクパク吸っておるやないか……。アルコールやニコチンは心臓を刺激し、脈を早くするんやでえ。教祖みずから、自分の教義を実行しとらんように見えるけどなアー」
 それ始まったよ。読者も既にご存知のように、このO青年は長上や目上を敬うことを知らん、こういう一宗教の大教祖にも狎々《なれなれ》しくものを言う。全く困った奴であるから、狐狸庵、眼で言葉をつつしむように注意したが、
「え? なんでや。なんでや」
 としつこく聞く。大司教、この時、一時はハッと顔色を変えられたが、流石《さすが》は宇宙の大法則を悟られたお方、
「俗人にはアルコール、ニコチンは危険がある。しかし、私のようにすべてを知った者には宇宙の定めをみださずして、酒をのみ、煙草をすうことができるのである」
 ジロリ、O青年に侮蔑の眼をむけ、軽くいなした態度、狐狸庵、心から敬服いたしました。
「このストリップ教の信者の数は?」
「ただ今、全国にて七万五千人、各都市に支部があります」
「ほんとかいな」O青年、また横から不満そうに口を出して、「でも、俺、熱川に行ってみたけど、あんたの本部か本殿はチャチなもんやないか。そこらの煙草屋よりもずっと小さいでえ。とても七万五千人、信者があると思えんけどなあ」
「なにを言うか」大司教、流石にムッとされて、「本殿とか本部とかは建物の大きさできまるのではない。人間の心そのものが本殿であり、本部である」
 孔子か、マホメッドのように立派なこの言葉、じいん[#「じいん」に傍点]と狐狸庵の心にしみるのであった。
「そやけど、あんたの宗教は信者を裸にするというがホンマでっか」
「男女、仲よく。衣という虚飾をすて裸一貫で宇宙の大法則とむきあう。だからみんな裸になります」
「男も裸になるか」
「なる」
「女も裸になるか」
「なる」
「娘も裸になるか」
「なる」
「うーむ」O青年、いやしげに唾をゴクリとのみ、「しかし、そんなことをしよったら、心臓が早くなり、脈が早うならんかな。あんたの教義とはウラハラの結果にならんやろかなあ」
「初心者はなる!」
 大司教は大声で一喝、
「あんたのような不心得ものや初心者はなる! しかし、わが宗教によって訓練されていくと、たとえ、女の裸をみても、脈も平静、心臓も平静である!」
「ひゃア、それではツマらんやないか」
「ツマらんことはないッ!」
「すると神田さん。あんたのような教祖は娘の裸をみても平静でっか」
「平静です」
「ふーむウ。信じられんけどなあ。神田さん。いや大司教は現在まで、浮気などしたことがないんでっか」
「ないッ」
「ほんまかいな」
「浮気などする暇はないッ」
「でも花もはじらう娘が、ほんまに裸になるのやろか」
「なるッ!」
「信じられんけどなア。一度、みせてくれへんか。その光景を」
「あんたのような心の腐った男には見せられん。しかし、こちらの」
 と大司教は、狐狸庵に顔をむけ、
「こちらのように人品いやしからず、人格高尚なお方には見せてもよろし」
 やはり大司教ともなられれば、人を見ぬく力はおありである。O青年と狐狸庵との人格のちがい、パッと識別されたのである。
「しかし、あんた、ストリップ教などと名をつけたのは、あれは客寄せとちがうか」
「わたしはストリップ教などとは言わんです。生活教と名のっておる」
「しかし、ヌードを表むきにしたのは客寄せの手段とちがうやろか」
 狐狸庵、このO青年のあまりの不躾《ぶしつけ》にハッとしたが、しかしそれこそ聞きたかった質問であった。
「どや。どうでっか」
「客寄せではないッ。しかし支部長には生活もあるゆえ、まずヌードによって信者を集めるようには考えておる」
「結局、同じやないか」
「あんた、顔の色がわるいな。そういう顔の色をしとると、長生きできんです。四十歳ぐらいで癌で死ぬという顔色をしておる」
 大司教、何を思いけん、突然O青年の未来を予言しはじめた。癌になるといわれて今まで攻勢だったO青年、急に不安そうになり、
「ほんとでっか」
「ほんとです」
「どないすればええやろ」
「歩きなッさい。一日、二十分、歩く。規則ただしく歩くッ。宇宙の法則にしたがって歩く。これッ。マジメにききなッさい。あんたはフマジメだ」
「歩けば顔色が、よくなりまっか」
「なるッ」
 この問答、果しなくダラダラとつづき、狐狸庵なにやら世のなかの全てが阿呆くさくなり、お先に失礼と申し、雨のなかコソコソと退出した次第である。
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