六十歳になる石井に再婚の話が持ちこまれた。相手の女性は四十八歳。これまで独身を通してきた人だという。
縁談を持ってきたのは息子の嫁で、「とにかく一ペン会ってみたら????」と勧める。
「だけど、この齢で再婚というのもな????」
石井はあまり乗り気になれなかった。妻とは十五年前に死別し、いまは息子夫婦と別居して独り暮らし。不自由なこともあるが、気ままに過ごしている。
「せめてもう十年も前ならば、わしも考えないではないが????」
石井が正直な気持ちを言うと、息子の嫁はムキになってたしなめた。
「おとうさん、その口癖、やめたほうがいいわよ。何かと言うと、十年も前、なんだから。まだ老け込む齢じゃないでしょ」
「まあ、それはそうだ??????」
「大丈夫、相手のひとだっておとうさんの年齢は十分承知しています。こんないいチャンス、二度とないわよ」
石井はとうとう押し切られて、相手の女性に会うことになった。
会ってみると、石井が想像していたよりも若わかしい女性だった。着ているものも落着いた色調でセンスがいい。
「どうも、始めまして?????」
石井は型通りのあいさつをしたが、気持ちははっきりと弾み出していた。
「こちらこそ、よろしく????」
相手はにっこりと微笑んだ。さすがに目尻に皺はできたが、はなやかな笑顔だった。
__こんな魅力のある女性がなぜいままで独身だったのだろう?
石井はあっけにとられる思いだった。
話してみると、言いことは齢相応にしっかりしている。相手をまっすぐ見る話し方に気の強さも感じられたが、石井はそれも好ましかった。何よりもときどき見せる彼女の笑い顔がすっかり気に入った。
__これから先の人生、この女性といっしょに過ごせたらどんなにいいだろう。
会話の間、石井の頭にそんな思いがしきりに浮かんでくる。 いっしょになるとして生活面は薬局を経営しているのでまず心配ない。気になるのはやはり年齢だった。
まだ若さが残る相手に比べて自分は六十歳。齢をとり過ぎたという思いが先に立つ。そんな引け目を感じた石井の口から、ふといつもの口癖が飛び出した。
「こうしてお会いするのが十年も前でしたらね、私はすぐにもプロポーズをしたんですが?????、残念なことをしましたよ」
石井は彼女に対する好意を精いっぱい表したつもりだった。
だが、石井がそう言ったとたん、彼女の表情が急に固くなった。彼女は冷たい目差しをむけると吐き捨てるように言った。
「失礼なことを言わないでください。十年前でしたら、わたし、あなたとお見合いなどしていません!」