若いころから狩(か)りをするのが大すきで、日がのぼると、すぐにウマにまたがって森にでかけていきました。
ところがオー・ツール王も、年をとって一日じゅう、狩りをしていることができなくなりました。
そして冬がくると、年とったからだのあちこちがいたくなり、つえがないと歩けなくなってしまいました。
するとこの世の中が、とてもつまらないものに思われてきました。
そこで王さまは、気分をかえるためにガチョウを飼(か)うことにしました。
オー・ツール王もガチョウも、しあわせにくらしました。
ガチョウはそこらをとびまわっても、王さまがよべばすぐにもどってきます。
オー・ツール王のあとから、ヨチヨチとついて歩くときもありました。
金曜日になると湖の中を泳ぎまわって、よくふとったマスをくわえてきては、王さまにわたしました。
ところがこのガチョウも、年をとってしまったため、つばさも足もよわってしまったのです。
もう王さまは、ガチョウと遊ぶこともできなくなってしまいました。
ある日王さまは、ガチョウをひざにのせて、湖のほとりにションボリと腰をおろしていました。
「もう、この世の中には、なんのたのしみもない」
と、思うと、いつのまにかなみだがほおをつたっていました。
王さまはいつものようにガチョウを池にいれて、エサをとらせてやりましたが、そのあいだも、ガチョウがおぼれてしまうのではないかと、それはそれは心配でした。
王さまは、そのときふと、目をあげました。
すると、見たこともないりっぱな若者が、目の前にたっているのです。
「オー・ツール王、バンザイ!」
と、若者がいいました。
「おや? どうしてわたしの名まえを知っているのかね?」
「わたしは、なんでも知っていますよ。ところで、あなたのガチョウは元気ですか?」
「ややっ! ガチョウのことも知ってるのかね?」
と、王さまはビックリです。
と、いうのも、ガチョウはいま、草のかげに入っていて、ここからは見えないからです。
「ええ、知っていますとも」
「いったい、きみはだれなんだね?」
「はい、正直な男です」
と、若者がこたえました。
「では、なんのしごとをしているんだね?」
「はい、わたしのしごとは、古いものを新しくすることです。それでくらしております」
「? ・・・ああ、いかけや(→ナベやカマを修理する人)さんか」
「いいえ、もうちょっと大きなことをするんですよ。そうだ、あなたのガチョウをわかがえらせてあげましょうか?」
「ほんとうに、できるのかね!」
「ええ、できますとも。元気のいい、わかいガチョウにもどしてあげましょう」
オー・ツール王は、口ぶえをふきました。
すると、アシのかげからガチョウがヨチヨチとでてきて、足のわるい王さまのそばにきました。
「そんなことができるとすれば、きみはアイルランドで一番かしこい人だ」
「いやいや、実はね、もうちょっとえらいですよ」
と、若者がいいました。
「しかし、わたしがガチョウをわかがえらせたら、王さま、あなたはなにをくださいますか?」
「なんでも、きみののぞむものをあげよう」
「じゃ、こうしましょう。ガチョウがわかがえってからはじめてとびまわったとき、その下にある土地をぜんぶください」
「ああ、いいとも」
「あとで、いやといってはだめですよ」
「もちろん、そんなことはいわない」
若者は、やせこけて骨と皮ばかりになっているガチョウをよびました。
それから、ガチョウの羽をしずかにつかんで、
「かわいそうなガチョウさん。さあ、元気な鳥になりなさい」
と、いって、鳥の羽をかるく口でふきました。
ガチョウはしばらくのあいだ、若者の手にジッととまっていましたが、やがて空にまいあがり、ツバメのようにスイスイと飛び回ったのです。
「おお、飛んだ! 飛んだ!」
王さまは、うれしそうにさけびました。
ガチョウはヒバリのように空高くまいあがったかと思うと、ずっと遠くヘとんでいきました。
そしてあっというまにもどってきて、王さまの足もとにおりました。
王さまは、ガチョウの背中をなでてやりながら、
「おまえは、世界でいちばんいい子だよ」
と、いって、頭をかるくたたきました。
「さて王さま。あなたは、わたしになんとおっしゃいましたっけ?」
「きみはアイルランドで、一番かしこい人だ。と、いいましたよ」
と、王さまは、なおもガチョウを見ながらいいました。
「それだけでしたか?」
「死ぬまで、ご恩はわすれません」
「おやっ? ガチョウがとんだとき、その下にある土地をわたしにみんなくださると、いいませんでしたか?」
と、若者がいいました。
「もちろん、あげるとも。わたしには、ほんのちょっとの土地しかのこらなくてもかまわないよ」
と、いって、王さまはやっと、ガチョウから目をあげました。
「よろしい。やはりあなたはりっぱなお方だ。それならガチョウは、ずっと元気でいるでしょう」
と、若者がいいました。
「あなたはいったい、だれですか?」
と、王さまは聞きました。
「はい。聖者ケビスです」
「なっ、なんと!」
王さまは、ひざまずいて聖者をおがみました。
「ああ、神さま。わたしは聖者と話をし、聖者にガチョウをなおしてもらったのですか」
「ええ、そうです」
「ただの若者だと、思っていましたのに」
「すがたをかえてきたのですから、むりもありません。わたしはオー・ツール王をためしにきたのです」
と、聖者がいいました。
聖者は、自分の土地がすくなくなっても、やくそくをちゃんとまもった王さまをほめたたえました。
そして、王さまからもらった土地の半分を、王さまにかえしてあげたということです。