ある日、一番上の娘が言いました。
「お母さん、パンと肉を焼いてください。幸せを探しに出かけますから」
お母さんは、パンと肉を娘にやりました。
娘は魔法使いの洗濯女のところへ行って、これから幸せを探しに行くのだと話しました。
すると、洗濯女は、
「しばらく、わたしの家に泊まっていきなさい。そして毎日毎日、裏口から外を見ておいで。なにか見えたら、わたしに言うんですよ」
と、言いました。
さっそく娘は、裏口から外を見ました。
はじめの日は、なにも見えませんでした。
二日目も、なにも見えませんでした。
三日目に娘が外を見ていると、六頭だての馬車(ばしゃ)がやって来ました。
すると、洗濯女は、
「あれは、あなたの馬車ですよ」
と、言うので娘が外へ出てみると、馬車に乗っていた人がおりてきて娘を馬車に乗せてくれました。
馬車はそのまま、かけ足で行ってしまいました。
さて家では、二番目の娘がお母さんに、
「お母さん、パンと肉を焼いてください。幸せを探してきますから」
と、言いました。
お母さんは娘の言うとおり、パンと肉をやりました。
この娘も、魔法使いの洗濯女のところへ行きました。
そしてやはり裏口から外を見て、二日過ごしました。
三日目に娘が外を見ていると、四頭だての馬車が来ました。
洗濯女は、
「あれは、あなたの馬車ですよ」
と、言うので娘が外ヘ出てみると、馬車に乗っていた人が娘を乗せてくれました。
そして馬車は、かけ足で行ってしまいました。
今度は一番下の娘が出かけたくなって、お母さんにパンと肉を焼いてもらいました。
そして、洗濯女のところへ行きました。
洗濯女は、
「毎日、裏口から外を見ておいで。なにか見えたら、わたしに言うんですよ」
と、言いました。
最初の日は、なにも見えませんでした。
二日目も、なにも見えませんでした。
三日目になりました。
娘が裏口から見ていると、黒ウシがひくい声でうなりながらやってきました。
すると、洗濯女は、
「あれは、あなたのウシですよ」
と、言いました。
娘はビックリして、泣きそうになりました。
けれども洗濯女に言われた通り、外に出ました。
すると黒ウシが待っていたので、娘は黒ウシによじのぼりました。
娘が黒ウシの背中に座ると、黒ウシはかけ出しました。
ドンドン進んで行くうちに、娘はだんだんお腹が空いてきました。
やがてお腹はペコペコになって、今にも気が遠くなりそうです。
するとそれに気がついたのか、黒ウシが娘に言いました。
「わたしの右の耳から食べなさい。そして左の耳から飲みなさい」
娘は、言われた通りにしました。
食べ終わると、娘はとても元気になりました。
ウシは娘を乗せたまま、なおも進んで行きました。
やがて、立派なお城が見えてきました。
すると黒ウシは、
「今夜は、あのお城に泊まりましょう。わたしの兄が、住んでいますから」
と、言いました。
間もなく、お城につきました。
お城の人が出て来て、娘を黒ウシの背中からおろして城の中へ案内してくれました。
黒ウシは、草地に連れて行かれました。
朝になると、お城の人は娘を立派な部屋につれていきました。
そして娘に、リンゴを一つわたしていいました。
「なにかこまったことがあったら、このリンゴをわりなさい。きっと、あなたはたすけてもらえます」
娘はふたたび、黒ウシの背中に乗りました。
黒ウシは娘を乗せて、ドンドン、ドンドンすすみました。
しばらくすると、まえよりももっと美しいお城が見えてきました。
すると黒ウシは、
「こんやは、あそこヘとまりましょう。わたしの二番目の兄が住んでいます」
と、いいました。
お城につくとお城の人たちが出てきて、娘を黒ウシからおろして、お城の中へ案内してくれました。
黒ウシは、草地ヘつれていかれました。
朝になると、お城の人は娘をりっぱなヘやへつれていって、きれいなナシをわたしました。
「なにかこまったことがあったら、このナシをわりなさい。きっと、あなたはたすけてもらえます」
と、お城の人がいいました。
娘は黒ウシの背中に乗って、また旅をつづけました。
黒ウシがズンズンすすんでいくと、まえのふたつよりもずっと大きなお城が見えてきました。
「こんやは、あそこにいかなきゃなりません。わたしの一番下の兄が住んでいるのです」
と、黒ウシがいいました。
お城につくと、お城の人たちがやってきて、娘を中に案内してくれました。
黒ウシは、やはり草地につれていかれました。
朝になると、娘は一番立派な部屋ヘ連れて行かれました。
お城の人は、娘にスモモを渡して、
「何か困った事があったら、このスモモを割りなさい。きっと、あなたは助けてもらえます」
と、言いました。
娘は、黒ウシの背中に乗りました。
黒ウシは、またドンドン進みました。
そして薄暗い谷間に、やって来ました。
黒ウシは足をとめて、娘をおろしました。
黒ウシは娘に、
「あなたは、ここにいなくてはいけません。
わたしはちょっと強い奴と戦ってきますから、あなたはあの石の上にすわっていてください。
そしてわたしが帰るまで、手も足も動かしてはいけませんよ。
もしあなたがちょっとでも手や足を動かすと、わたしが勝って戻って来ても、あなたを見つけ出す事が出来なくなってしまうのです。
もしあたりが青く染まったら、わたしはそいつをやっつけたと思ってください。
赤く染まったら、わたしはやられてしまったと思ってください」
と、言って、行ってしまいました。
そこで娘は、石の上に腰をおろしました。
しだいにあたりが、青くなってきました。
黒ウシが、勝ったのです。
娘はうれしさのあまり、つい足を組みあわせてしまいました。
黒ウシは戻ってきて、娘を探しました。
しかしどうしても、見つかりません。
娘は長いことすわって黒ウシを待ちましたが、黒ウシは現れません。
娘はシクシクと泣きましたが、やがて立ち上がって歩き出しました。
けれども、行くあてもありません。
歩きまわっているうちに、ガラスの丘につきました。
娘はなんとかしてガラスの丘にのぼろうとしましたが、どうしてものぼれません。
娘は泣きながら、ガラスの丘のふもとをグルリとまわりました。
ウロウロ歩いているうちに、娘はかじやの店の前に出ました。
かじやは、
「七年の間、家で働いたら鉄のクツをつくってやろう。そうすれば、ガラスの丘にのぼることが出来るだろう」
と、言いました。
そこで娘は七年の間働いて、鉄のクツをもらいました。
そして、ガラスの丘をのぼったのです。
そこには、もう一人の洗濯女の家がありました。
家の中には血だらけの服を着た、若い騎士(きし)がいました。
何でもその服をきれいに洗った者が、騎士の奥さんになれるということです。
洗濯女は、一生懸命洗いました。
けれどどんなに洗っても、血は取れませんでした。
今度は、洗濯女の娘が洗ってみました。
どんなにゴシゴシこすっても、血は少しもおちません。
そこで、鉄のくつをはいてきた娘が洗ってみました。
すると血はみるみるうちにおちて、服はきれいになりました。
ところが、洗濯女の娘は、
「服をきれいにしたのは、わたしです」
と、騎士にうそをつきました。
こうして騎士と洗濯女の娘が、結婚することになりました。
これを知ると鉄のくつをはいた娘は、ひどくガッカリしました。
一目見た時から、騎士が大好きになっていたからです。
娘はふと、リンゴのことを思いだしました。
リンゴを割ってみると、中から金や宝石が出てきました。
娘は、洗濯女の娘に、
「これをみんなあげるわ。
その代わり、結婚するのを一日だけのばしてちょうだい。
そして今夜、わたしを騎士の部屋に入らせてください」
と、頼みました。
洗濯女の娘は金と宝石をもらって、娘の申し出を承知(しょうち)しました。
ところが洗濯女は、騎士に眠り薬を飲ませたのです。
騎士は眠り薬を飲んで、朝までグッスリと眠ってしまいました。
娘は騎士のべッドのそばで、夜通し泣いていました。
そして、
♪七年の間、あなたのためにつくしました。
♪ガラスの丘を、よじのぼり、
♪着物の血も、洗ったわ。
♪それでも、あなたは寝ているの。
♪こっちをむいて、くださらないの。
と、歌いました。
次の日、娘は悲しくて悲しくて、どうしてよいかわかりませんでした。
そしてふと、ナシを割ってみました。
ナシの中には前よりもずっとたくさんの、宝石や金が入っていました。
これを、洗濯女の娘にやって、
「もう一日、結婚をのばしてください。
そしてもうひと晩、騎士の部屋に入らせてください」
と、頼みました。
洗濯女の娘は、承知しました。
けれども騎士は、その晩も洗濯女に眠り薬を飲まされて、朝までグッスリ寝てしまいました。
娘は、ため息をついて、
♪七年の間、あなたのためにつくしました。
♪ガラスの丘を、よじのぼり、
♪着物の血も、洗ったわ。
♪それでも、あなたは寝ているの。
♪こっちをむいて、くださらないの。
と、歌いました。
次の日、騎士が狩りに出かけると、仲間の一人が言いました。
「きみの部屋から聞こえる音は、なんだ? うめき声と泣き声と、歌をうたう声が聞こえるぞ」
と、言いました。
「? ・・・ぼくは、何も知らない」
と、騎士は言いました。
けれども仲間はみんな、すすり泣きを聞いたというのです。
そこで騎士は、今夜は一晩中起きて見張っていることにしました。
三日目の晩に、なりました。
娘は、スモモを割りました。
中からはリンゴを割った時よりも、ナシを割った時よりも、ずっとずっとすばらしい宝石が出てきました。
この宝石で娘はまた、騎士の部屋に入る事が出来ました。
洗濯女は、またしても眠り薬を騎士のところへ持って行きました。
すると騎士は、
「ハチミツを入れて、甘くしてくれ」
と、言って、洗濯女にハチミツを取りに行かせました。
洗濯女が行っているすきに、騎士は眠り薬を捨ててしまいました。
騎士はべッドに入っていると、やがて娘がやってきてうたいはじめました。
♪七年の間、あなたのためにつくしました。
♪ガラスの丘を、よじのぼり、
♪着物の血も、洗ったわ。
♪それでも、あなたは寝ているの。
♪こっちをむいて、くださらないの。
騎士は起き上がると、娘の方を向きました。
娘は騎士に、何もかも話しました。
この騎士こそ、あの黒ウシだったのです。
魔法で黒ウシにされていた騎士は、『強い奴』と戦って勝ったので人間の姿に戻ったのです。
それから谷間で娘を探したのですが、あのとき娘が足を組んでしまったので、見つける事が出来なくなってしまったのでした。
あくる日、洗濯女とその娘は追い出されました。
そして騎士と娘は、めでたく結婚したのです。