むかしむかし、あるところに、娘が一人いる夫婦がいました。
そして娘の結婚する日が、やってきました。
結婚式には、親せきや知り合いの人たちを大勢まねきました。
さて、教会での結婚式も無事にすんで、今度は娘の自宅でお祝いのパーティーを開く事になりました。
おいしいごちそうが山のように並べられましたが、まだブドウ酒が出ていません。
そこで父親が、娘の花嫁に言いました。
「せっかくのパティーに、ブドウ酒がなくては話しにならん。地下の酒倉に行って、持っておいで」
「はーい」
花嫁は一人で、酒倉におりていきました。
そしてブドウ酒のビンを酒だるの下にあてて、せんを抜いてブドウ酒がビンにいっぱいになるのを待っていました。
花嫁はその間、ボンヤリと考え事をはじめました。
「わたし、とうとう結婚したんだわ。
これから九ヶ月もすると、子どもが生まれるわ。
もちろん可愛い、男の子よ。
名前は、何とつけようかしら?
うーん・・・。
そう、チッコ・ペトリロにしましょう。
手ぬいの服を着せて、くつ下をはかせて、可愛がって可愛がって育てましょう。
・・・でも、でもだけど、もし可愛いチッコが死んだりしたらどうしましょう?
・・・ああ、かわいそうなチッコ、どうして死んでしまったの!」
花嫁は、ワーッと泣き出してしまいました。
酒だるのせんを開けっぱなしでしたから、ブドウ酒はザアーザアーと床に流れっぱなしです。
テーブルについていたお客たちは、いつお酒が来るのかと待っていました。
でもいつまでたっても、花嫁はもどってきません。
「あいつは、何をしているんだ? ちょっと、酒倉へいって見ておいで」
父親が、奥さんに言いました。
「そうですね。ひょっとしたら、あの子は眠ってしまったのかもしれませんね。小さい頃から、酒倉でよく昼寝をする子だったから」
お母さんが酒倉におりていき、娘がオイオイと泣いているのを見つけました。
「まあっ! どうしたの? 何で泣いているの?」
「ああ、お母さん。
あのね、今日、わたしは結婚したでしょう。
そうすれば、九ヶ月あとには息子が生まれるわ。
その子の名前は、チッコ・ぺトリロにしようと思うの。
だけどね、お母さん。
もし、もしチッコが死んだらと思うと、かなしくて、かなしくて」
娘はまた、ワーッと泣き出しました。
「ああ、かわいそうな、わたしの息子」
「ああ、かわいそうな、わたしの孫」
娘とお母さんは、抱き合って泣き出しました。
テーブルについていた人たちは、いくら待ってもブドウ酒が出ないので、イライラしてきました。
「二人とも、何をしているんだ? わしが見に行って、どやしつけてやろう!」
父親は、酒倉におりていきました。
すると妻と娘は足までブドウ酒につかりながら、抱き合って泣いています。
「おい。何があったんだ?」
「お父さん、聞いてください。
この子は今日、結婚したでしょう。
すると間もなく、息子が生まれますね。
そこでわたしたち、息子にチッコ・ペトリロって名前をつけることにしたんです。
でも、その可愛いチッコが死んだらと思うと、かなしくて、かなしくて・・・」
「うん。もっともだ、もっともだ。・・・おお、なんてかわいそうなチッコ・ペトリロ」
父親も、二人と一緒に泣き出してしまいました。
「おそいな、三人とも。みんな、ブドウ酒を待っているのに」
三人がなかなか戻ってこないので、花婿は酒蔵におりていきました。
すると三人は、足までブドウ酒につかりながら泣いているのです。
「一体、どうなさったんです!?」
「あなた!」
花嫁が、涙を流しながら言いました。
「あのね、わたしたち結婚したんですから、息子が出来るでしょう。
わたしはその子に、チッコ・ペトリロと名前をつけることにしたんです。
でも、せっかく育ったチッコが、もしも死んだらと思うと、かなしくてかなしくて。
それでみんなで、泣いているんです」
「はあ?」
花婿は、冗談を言っているのだと思いました。
ところが本気で言っているのがわかると、三人に怒鳴りました。
「成長した息子が死ぬのがかなしいから、三人で泣いている?
あなたたち三人は、そろいもそろってなんてバカ者なんだ。
集まったみんなが、お酒が出るのを待っているじゃないか。
まだ生まれてもいない息子のことで泣くなんて、バカバカしくて気がおかしくなる。
ぼくは、こんなバカ者たちの家ではとても暮らせない。
そうだ、いっそ旅に出よう。
妻よ、お前の顔を見ずにいたら、ぼくの気も静まるにちがいない。
旅に出て、もし世間にお前よりも、もっとバカな者がいたら、戻ってきて一緒に暮らしてやる!」
花婿はさんざんののしって、酒倉を出ていきました。
そしてそのまま、旅に出たのです。
旅に出た花婿は、ある川のたもとにつきました。
すると小舟に積んだはしばみ(→カバノキ科の落葉低木)の実を、大きな熊手(くまで)ですくいあげている人がいました。
でも、はしばみの実は熊手のすき間からこぼれ落ちて、なかなかすくえません。
花婿は、気になって尋ねました。
「もしもし。熊手で、何をしているのですか?」
「ああ、さっきから何度もすくっているのだが、ちっともすくいあげられないんだ」
「当たり前ですよ。なぜ、シャベルを使わないんです?」
「シャベル? そうか、なるほどね。そいつは気がつかなかった」
それを聞いて、花婿は思いました。
(妻たちよりも、おバカな人が一人いた)
しばらく行くと、川の水を小さなスプーンですくってウシに飲ませている人がいました。
「もしもし。そんな小さなスプーンで、何をしているのですか?」
「はい、さっきから三時間もやっていますが、ウシののどのかわきが、なかなかとまらないのです」
「当たり前ですよ。なぜ、ウシに直接川の水を飲ませてやらないんです?」
「直接? おおっ、それはいい考えですね」
それを聞いて、花婿は思いました。
(これで、おバカが二人目だ)
またしばらく行くと、畑のくわの木のいただきに、ズボンを手にして立っている女の人がいました。
「もしもし。そんなところで、何をしているのですか?」
「まあ、だんな、聞いてくださいよ。
夫がこの間、死んだのですが、お坊さんが言うには、夫は空の上の天国へ行ったというのですよ。
そこであたしは夫が空から戻ってきたら、このズボンをはかそうと思って待っているのですよ」
それを聞いて、花婿は思いました。
(ついに、三人目のおバカだ。信じられないが、世間には妻よりもバカな者が三人もいた。仕方ない、家へ帰るとするか)
そして花婿は、家へ帰りました。