でも王子はいつもつまらなそうにしていて、一日中バルコニーに出ては遠くの方をボンヤリとながめているのです。
ある日、王さまは王子にたずねました。
「どうしてお前は、そんなにつまらなそうにしているんだね。何か不満な事でもあるのかね?」
「いいえ、不満なんてありません」
「もしお前が結婚したい相手でもいるのなら、世界中で一番えらい王さまの娘だろうと、一番貧乏な百姓(ひゃくしょう)の娘だろうと、お前が好きな相手と結婚させてやるよ」
「いいえ、そんな人はおりません」
王さまは王子を元気づけようと、芝居(しばい)を見せたり、舞踏会(ぶとうかい)や音楽会を開いたりしました。
でも少しも効き目がなくて、王子の顔色はますます青ざめていくばかりです。
そこで王さまは世界中から偉い学者や医者や大学の先生を集めて、王子に元気がない原因を調べさせました。
集まった人たちはあれこれと相談して、王さまに言いました。
「王さま。王子さまに元気がないのは、何をやっても満足できないからです。
それを治すには、何の不平不満もなく、いつも満足している人をお探しください。
そしてその人のシャツを王子さまに着せれば、王子さまは何をやっても満足できて、元気を取り戻すでしょう」
そこで王さまは世界中に家来をやって、不平不満一つなく、どんな事にも満足して暮らしている者を探させました。
やがて家来の一人が、お坊さんを連れてきました。
王さまは、お坊さんにたずねました。
「あなたは、今の地位や暮らしに満足しているのですね?」
「はい。満足しております」
「では、わしの宮廷(きゅうてい→王のすんでいるところ)の司祭(しさい)になりたいと思いませんか?」
「ああ、それは願ってもない事です」
それを聞いて、王さまはがっかりです。
「わしは、今の暮らしに満足している者を探しているんだ。もっといい地位につきたいと願っている者には、用はない」
次にやって来たのは、近くの国の王さまです。
その王さまには、美しくて気だてのいいおきさきがいて、かわいい子どももたくさんいます。
戦争をしても一度も負けた事がなく、国はとても平和でした。
王さまは王子の事を話してから、近くの国の王さまに聞きました。
「あなたなら、何事にも満足な、幸福な暮らしををなさっているでしょうね」
「さよう。わしは家庭にめぐまれ、国も平和も金も物も、全てがそろっておる。実に、満足しておる」
でも近くの国の王さまは、急に顔をくもらせて言いました。
「だが残念なのは、わしが死ぬ時、そういう物を全部のこしていかねばならぬ事じゃ。そう思うとなさけなくて、わしは夜もろくろくねむれんのじゃよ」
この王さまは暮らしには満足していますが、不平不満があるので、この王さまのシャツでは役に立ちません。
ある日、王さまは気ばらしに野原へ散歩に出かけました。
すると近くのブドウ畑から、のどかな歌声がきこえてきました。
(こんなにのんきで、楽しそうに歌をうたっている男は、きっと満足な暮らしをしているにちがいない)
そこで王さまは、歌声がきこえてくるブドウ畑に行きました。
ブドウ畑では一人の若い百姓が、楽しそうに歌をうたいながらブドウの木の枝や葉を切り払っていました。
若い百姓は王さまに気づくと、ていねいに頭をさげました。
「王さま、こんにちは」
王さまは元気そうな若者に、声をかけました。
「どうだね、わしと一緒に都へ来ないかね」
すると若者は、あわてて手をふりました。
「とんでもありません。ありがたくお礼はもうしあげますが、都には行けません」
「なぜ、ことわるのだね? お前は都に行くのが、そんなにいやなのかね?」
すると若者は、また手をふって答えました。
「いいえ。別にそんな意味ではございません」
「わしと都に来れば、毎日ぜいたくが出来るぞ」
「ありがとうございます。でも、わたしは今の暮らしに満足しているのです」
それを聞いて、王さまは心の中で叫びました。
(よし! とうとう満足者を見つけたぞ!)
王さまは、若者に言いました。
「お前に一つ、頼みたいことがあるのだ」
「はい、わたしに出来る事なら、喜んでいたします」
「実は、わしの息子が死にそうなのじゃ。それを救えるのは、お前だけじゃ。息子を救うには、お前のシャツが必要なのだ」
それを聞いて、若者は困った顔をしました。
「シャツですか。実はわたし、シャツは・・・」
若者はそう言うと、自分の上着を脱ぎました。
上着を脱ぐと、若者は裸でした。
「ああ、なんという事だ」
若者は貧乏だったので、上着の下にシャツを着ていなかったのです。
王子が救われるのは、まだまだ時間がかかりそうですね。